台本「処方③」

医者「この人はカード使わないの、逝く方なの、だからカードはいらないの」
男２「え、逝く方なんですか？　(男に)あなた、逝くの？」
医者「そうだよこの人は逝くんだから」
男２「……(男に)あなた、青いの、怖くないの？」
男「ごめんなさい、青いのって言うのは……？」
看護婦「(男２を強引に掴んで)ほら、戻りましょう。戻らないと引っぱたきますよ」
男「でも……」
看護婦「カードあげませんよ」
男２「それは困ります、先生、カード下さい。青いの見たくないんです……」
医者「わかったから。とにかく、向こう行きましょう。(男に)すぐに戻りますから」
男「あ、あの、先生、」
 
医者・男２、診察室を出て行く。
 
医者の声「ね？　大丈夫ですよ」
 
部屋に残る男と看護婦。
部屋は急に静かになり、どことなく気まずい。
 
男「あの……」
看護婦「お騒がせしてしまってすみません」
男「あ、いえ……あの、」
看護婦「お水、飲まれます？　喉、乾きません？」
男「大丈夫です、」
看護婦「あらそうですか……落ち着くんですよお水飲むと。温かくもできますけど」
男「結構です……。先生とさっきの男性が言っていた青いのと言うのは……？」
　
ガタンと何かが倒れる音がして、男２と医者の声が隣から聞こえてくる。
 
男２の声「ホラ来た！　全然大丈夫じゃない！　先生が早くくれないからカード！」
 
せわしなく走り回る音がする。
 
医者の声「慌てないの、カード、ここに一杯あるんだから」
男２の声「うわー、うわー首もげちゃう―」
医者の声「慌てない慌てない、あげてあげて」
男２の声「うわー、どうぞ、どうぞ、」
 
しばらくバタバタと音が続き、やがて静まる。
 
男・看護婦「……」
男「あの……これは……」
看護婦「バリウム飲んでみます？」
男「え、バリウム？　……いりませんよ、」
看護婦「チョコミント味なんですよ」
男「……私、レントゲン撮るんですか？」
看護婦「いえ、撮りませんよ。美味しいから飲むかと思って。ミントって落ち着くんです」
男「いりませんよ、え、だって、撮らないんでしょう？　そんな事より教えてください、何なんですか隣の、騒ぎは……」
 
医者が戻って来る。
 
医者「いやースミマセン、もう、大丈夫ですからね。(看護婦に)お隣の方、少し見ておいてあげて」
看護婦「はい」
 
看護婦、出て行く。
　
男「あの……凄く、バタバタする音が聞こえたんですけど……」
医者「大丈夫ですご心配なく。で、逝くのを希望されると？　本当に？」
男「あ……まぁ……はい……半年前に職も家族も失くしまして……生きる理由もありませんから……」
医者「(カルテなどを見ながら)なるほど……。…実は私もね、以前……逝こうとした事がありまして」
男「え、先生も？」
医者「７年くらい前の話なんですけど、しばらく酒浸りの時期がありましてね色々ありましてね。私みたいな人間は生きていても仕方が無いんじゃないかって……仕事休んで家に閉じこもって酒ずっと飲んでね……。でも、周囲の助けもあって何とか立ち直ったんです。けど、その後の誤診しちゃって、患者さん、お爺ちゃん、だったかな？　お婆ちゃん？　お爺ちゃんか。死んでしまって。……まぁ凹みましてね。その後も、立ち直ってはミス、それで酒の繰り返しで……。患者さんの身体の中にメス置き忘れたり色々置き忘れちゃったりで。で、いよいよこりゃダメだと思って死のうとしたんですよ。首吊って死のうとしたんです。完全に死ねたと思ったんですけど、家族に発見されて……。結局、今も生きていますよ……」
男「……」
医者「でもね、死の淵まで行ったからこそわかる事があるんです。それはどんなに失敗しようとも、恥をかこうとも、死が生に勝る事なんて無い、という事ですよ」

続。