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台本「千切れてちょうだい⑧」

妻が再び飛び降りた事に、呆然としている隆。

泉田「ほ、本当ですか!?」
蓮見「どうです。神田さん?」
隆「……」
泉田「社長? ……まさか、まだ不服なんですか? これ以上はいくら何でも、全員というのは無理です」
隆「……」
泉田「社長!」
隆「……ん」
泉田「1500人で、手を打ちましょう」
隆「1500……?」
泉田「過半数以上救う事が可能なんですよ、」
隆「ああ、そうか……。もうちょっと、イケませんか」
泉田「社長!!」
蓮見「……神田さん、我が社としてはこれが精一杯なんです。どうかご理解、」

窓から再びガバッ!と戻ってくる芳江。

芳江「はぁぁぁ!」
隆「!!」
泉田「きゃーーーーーーーーーーーー!!」
蓮見「あぁーーーーーー!!」
泉田「奥様っ!?」
蓮見「え、なにまた登って来たの!?」
隆「……そ、あ、その、」
芳江「(窓から上半身を見せたまま)しんどい! しんどい!!」
蓮見「これは神田さんちょっと冗談が過ぎ……うっ」
泉田「どうされました!?」
蓮見「……驚きすぎてちょっと心臓が……」
泉田「大変! こちらで少しお休み下さい、」

泉田・蓮見、退出。

隆「(駆け寄り)良かった! また戻って来れたんだな!」
芳江「まぁね……」

上半身だけ見せて下半身は外に出したまま、中に入ろうとしない芳江。

芳江「2回目ともなるとコツを掴んだみたい。糸が出ても驚きゃしなかったし、するする登って来られたわ」
隆「そんな所にいたらまたおっこっちゃうぞ、ホラ早く中に」
芳江「さっきさぁ」
隆「え?」
芳江「2回目落ちながらね、あ~このまま死んだらアタシ泣き寝入りじゃんって思ったのよぉ」
隆「ん? え?」
芳江「夫に好き勝手浮気されて、どすけべメイドに家に上がられてばっかみたいって思ったのよね」
隆「いやだからそれは誤解だって」
芳江「そう思ったらさぁ右肩からまたすーって糸が伸びてさぁ。サードチャンスってあるのねぇ神様も粋だわ」
隆「何にしても助かって良かったじゃないか」
芳江「良くないわよ」

芳江、右手で隆の頭を鷲掴みにする。
アイアンクロウである。

隆「……え? おい、」
芳江「少しも、良くない」

芳江、右手で隆の頭を掴んだまま、隆をグイグイ外へ引っ張り出す。

隆「ちょ、ちょっ、ちょ、ちょっ、凄い力、え、ちょっ!! おい!! 落ちちゃうよ、落ちる!! なにす、芳江!!!!」

芳江、そのまま隆を外に引きずり落とす。
落下していく隆の悲鳴と入れ替わりに芳江は平然とベランダの中に入り、パンパンパンパンと服の埃を払うと、鼻歌を歌いながら紅茶を淹れる。
そこへ泉田と蓮見戻る。

蓮見「いやいやスミマセン御心配をおかけしてしまって」
芳江「もう宜しいんですか?」
蓮見「ええ」
泉田「奥様、あの社長は?」
芳江「お手洗いに」

泉田、一瞬トイレの方を見る。

泉田「? そうですか」
蓮見「(ソファーに座り)いやいやいや、本当に、驚きましたよ。心臓に、来ましたなぁハハハ」

芳江、蓮見に紅茶を出す。

蓮見「ああどうもどうも」
芳江「申し訳御座いませんでした。夫はやりすぎてしまう所があって」
蓮見「そのようですなぁハハハ」
芳江「(ソファーに座り)それで蓮見社長、」
蓮見「何でしょう?」
芳江「今、夫と話しまして1500人も御社にお願いできるのなら是非それでお願いしようと、そういう事になりました」
泉田「え?」
蓮見「そうですか! それは嬉しい!」
芳江「ええ今さっき、ええ」
泉田「本当に、そう仰ったんですか?」
芳江「そーよ」
泉田「社長は、社員は家族だと、」
芳江「何が家族よ。本当の家族もまともに愛せないくせに」
泉田「え、」

老若男女問わず笑顔で楽しむ事が出来る惨劇をモットーに、短編小説を書いています。