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【創作】沈まぬコーヒー①


【創作】沈まぬコーヒー①

 あのダムが建設されてからもう30数年になるだろうか、私の実家はダムの底にある。
ダムの開発が始まったのは私がまだ中学生だった頃、当時はダムの重要性なんて分からずに過激な反対運動に参加したり建設中の作業員の邪魔をして怒鳴られた事もあった。だけど大人になって分かるダムの重要性。

 でも私が言いたいのはそんなことではなくて、ダムの底に沈んでいるあの場所には私と誠之さんとの思い出がまだ存在している。

 ダムの建設反対運動に一緒に参加していた誠之さん。私が15歳の中学生、誠之さんが16歳の高校生だった。
歳が一個上なだけなのに、中学生と高校生の間には凄く大きな差があるように思え、誠之さんは聡明で大人っぽくて、私は密かに想いを寄せていた。
反対運動に参加していたのも、最初こそ親について行っただけだったのが、いつのまにか誠之さんに会える、という理由だけで参加するようになっていて、会うたびに胸がドキドキしてダムの事なんてどうでもよかった。

「君はなんでダム建設反対運動に参加しているの?」
誠之さんから話しかけてくれるのはこの時初めてだった。
嬉しすぎて、質問された内容がどこかへ飛んでしまい戸惑っていると誠之さんは、ごめんね後でゆっくり話したいから家においでよ、と言ってくれた。
その後は展開が早すぎて思考が追いつかないぐらい頭が真っ白になって、どんな話をしてどういう流れだったのか覚えていないけど、結局、私と誠之さんは、セックスをした。セックスをしてしまった。
セックスの後で誠之さんが交際を申し込んできた。私はそれにすぐ了承した。
その日以来、私の人生は薔薇色になった。
学校帰りは毎日誠之さんの家に行き、色んな事を話した。誠之さんが普段何を思い、何を考えながら生きているのか、好きな音楽、好きな小説、好きな映画等々、誠之さんはこんな田舎では考えられないほどハイカラな文化に触れていた。それが私にとって刺激的でさらに誠之さんに惹きこまれていった。
休日には近所の商店で誠之さんはコーヒーとビスケットを買って、悩んだり物思いに耽たい時に来るというとっておきの場所に連れてきてくれた。
そこは私たちの集落が一望できる小高い山の中腹で誠之さんが個人的に見つけ開拓したという。
一番眺めが良い所には誠之さんが作った椅子なのだろうか、太い丸太が横になっており、丸太の中央が滑らかに削られて座りやすい形状になっていた。 
誠之さんがそこに座り私を手招きしてくれた。
私は隣にちょこんと座ると誠之がポツリポツリと語り出した。
「そろそろこの集落はダムの底に沈むらしい」
私はそんな情報知らなかった。ダムの反対運動に参加してはいたもののその実態などどうでもよかった。でも集落が沈むとなると話は別で、湧き上がった驚きと怒りをどう表現し、どう処理するのか分からずに黙ったまま誠之さんの話を耳に入れる。
「おかしいよな、なんでここなんだよ、この集落にだって歴史があるんだ、先人達が必死になってここを開発してやっと快適に人間が住めるようになったのに、もっと下界の都会の人間達のためにこの集落は沈めてダムにします、って、納得できるわけないよな」
「でももう僕らの力だけじゃ止めれないんだ、こういうのを不条理っていうのかな?僕らが束になっても力のある人間の言葉には逆らえない、、僕は悔しい、悔しいと同時に情けないよ」
誠之さんの目には涙が溜まっていた。
私はかける言葉が見つからずに誠之さんの手を握っていた。
誠之さんが缶のブラックコーヒーをグイッと飲むと私にキスをした。誠之さんの舌が私の舌に絡みついてくる。私が初めてコーヒーの味を知った瞬間だった。

 半年後、誠之さんの言っていた通りダム建設のための退去要請が集落の住人達に伝えられた。
 もう、抗えない。

私が下界の高校に通いだして2年が経とうとしていた時、誠之さんとの間に赤ちゃんができた。
ほぼ毎日セックスしていたのだから当たり前の事で私は高校を中退し誠之さんは大学進学を諦め結婚する事になった。
誠之さんはこの辺りでは群を抜いて給料の良かった地元の建設会社に就職してダムの建設に携わる仕事に就いた。
誠之さんは自らの手で集落を壊して平らにしていった。
ある日誠之さんは既に立ち入り禁止になっていたとっておきの場所に私を連れて来た。
「ここも来週には崩すんだ、ごめん」
何もいえなかった。悔しくて悲しいのは私より誠之さんだろう。
この場所で何度もキスをして、色々な話をして、冗談も言い合って、私がコーヒーの味を覚えた場所。
自然に涙が溢れて来た。
そんな私を見た誠之さんは今まで耐えて溜め込んできた思いを全て出し切るように涙を流しながら声を上げて泣いた。

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