【書評】野元弘幸編著「社会教育における防災教育の展開」(日本教育学会『教育学研究』第86巻第4号・2019年12月)
いま、社会教育学研究において喫緊の課題とされることは、公民館・図書館・博物館等の社会教育施設の所管を教育委員会から「特例」として首長部局に移管することを認めた、第9次地方分権一括法の評価と対応である。社会教育推進全国協議会(社全協)や図書館問題研究会(図問研)などの社会教育関係団体がいち早く反対声明を公表する中で、この問題をもう一つの側面から評価する視点が本書にはある。
2018年現在、全国には9万23館の社会教育施設(うち1万3993館が公民館、3360館が図書館、1287館が博物館、4万6977館が社会体育施設)があり(2018年度社会教育調査(中間報告)調査結果の概要)、その多くが台風(大雨)・地震・噴火等の災害時に住民の避難所として活用されるということである。しばしば災害時の一時避難所として使用される公立の小学校(1万9591校)、中学校(9421校)の数(2018年度学校基本調査)に比べても、地域における社会教育施設の役割の大きさは明らかである。一見すると、教育委員会の枠組みを外して首長部局に移管する方が機動的で柔軟な利用・運用ができるように思えるが、実はそうではない。日常的な住民の学習・活動と結びつく地域の教育施設であるからこそ、住民の避難所や地域の復旧・復興拠点として社会教育施設が有用な役割を果たしうるのである。本書は、それを「防災教育」という概念で語る。
本書は「今後確実に起きると言われる災害で、『一人の犠牲者も出さない』ために社会教育では何が必要かを考え、具体的に備えることを目指して、これまでの研究成果をまとめたものである。(略)非現実的だと思われるかもしれないが、(略)いくら大きな災害であっても、亡くなっても仕方ない命はない」(野元)と書き出している。えてして「防災教育」が被災者・被害者を少しでも「少なく」するためのリスクマネジメントとして語られるのに対し、ここで語られる「防災教育」は「だれ一人取り残されない」ためのものである。まさに、SDGs(持続可能な開発目標)の実現としての意味をもつだけでなく、住民の一人ひとりが(例外なく)防災教育の主体として成長することを求めるものとなっている。
他方で、東日本大震災と原発事故は、教育現場のみならず、多くの研究者と学会を巨大な自然災害に向き合わざるをえなくさせた。本書は「東日本大震災の被害と社会教育研究の展開」を、①「東日本大震災から教訓として何を学び、想定される未来の大災害に向けて何をどのように準備すべきなのか、社会教育研究の重要な課題として自覚されるようになった」、②「災害時に公民館のはたす役割がクローズアップされた」、③「被災地での復興のコミュニティづくりや人間関係づくりに社会教育・公民館が果たす役割が注目された」、④「福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染が、(略)多くの人の生活を破壊し、不安に落とし入れるとともに、社会教育や公民館活動の前提である地域の存立を不可能にすることが明らかとなり、改めて原発問題を生活や地域の基本課題として社会教育で取り組むことの重要性を自覚することになった」とまとめている。
しかしながら、本書は「社会教育研究においては、災害から住民を守るという課題の重要性が十分に自覚されてこなかったということ」を率直に認めている。本書が科学研究費課題「社会教育における防災教育のグローバル展開」(基盤研究(A)2015-2019年度)の共同研究の成果を、従来の研究課題の枠組みにとらわれず、4つの柱に編集することで多様な実践を幅広く評価し位置づけることにある程度成功している。本書で取り上げられている実践及び視点は、<地域における防災教育の展開>として鉄道防災教育・地域学習列車「鉄學」(西川)、韓国における防災教育(金)、<自治体と公民館>として宮城県山元町及び原発事故(手打)、千葉県内公民館(長澤)、熊本地震(山城)、<地域と学校の連携>として高知県・奈半利中学校における三者会(荒井)、都立大島高校(降旗・金子)、浜中町立霧多布高校(野村)、<災害ボランティア活動>として市民による災害救援活動(田中)、関東大震災とボーイスカウト日本連盟「野外少国民学校」(圓入)である。
とりわけ、「第6章 熊本地震と公民館」(山城)で熊本地震において避難所としての公民館の現実を丁寧に分析する中で、「発災から復旧・復興に向かうとき、長期にわたり公民館が避難所として常態化したとき、公民館職員および学習者は、これまで見たこともないものを見て、何を考え、何をしたのだろうか」と問うていることが注目される。そして、①「学習者たちは学びの拠点を失ったが、学習する権利は失わなかった(略)『学び続けること』が日常を取り戻し、心の復興につながることを多くの講座生が証明している」、②「学習の成果を避難所生活に生かしていく活動が生まれたこと(略)講座生による避難所生活者に対する慰安や支援には、公民館で培われた学びが展開されている」、③「応急仮設住宅という新たなコミュニティに対して公民館の役割が期待されること(略)応急仮設住宅内に設置された集会所『みんなの家』では、新たな住民同士の絆がつくれら、地域住民や市立公民館との連携が模索されている」と指摘していることは、教育学における防災教育を展開する上での新たな視点を提起していると思われる。