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【物語】溶けないうちに【短編】〜大学生の恋愛譚

「どうやったら彼氏ってできますかね」

後輩の恵はつり革にぶら下がって上目遣いでこちらを見た。

「作ろうと思って作るのは違うでしょ」

私はハイヒールの踵に重心を動かして恵の目を見た。

「優花さんは、彼氏いるんでしたっけ」

恵はきれいにカールされた茶髪をくるくると手で巻きつけながらそう聞いた。

「私が答えると思う?」

「思いませーん」
キャハハ、と笑うと恵は私の顔をじっとみた。

「優花さんが男だったら、私絶対告白してますよ」

「何言ってるの」

心の中を恵に覗かれたようで、私は自分の頰にすっと熱くなるのを感じた。

恵の視線に耐えきれなくなった私は行き場のない視線を窓の外に移す。
途端、電車は駅に停車し、前に座っていた2人が並んで席を立った。

私たちはどちらからともなく席に座り、恵はスマホをチェックし始めた。

手持ち無沙汰の私はおろしたリュックに顔を預けて寝る態勢に入った。そっと目を閉じる。
本当に眠りに入る、その瞬間だった。

「優花さん、好きですよ」

恵のか細い声が隣から、でも、しっかりと私に語りかけた。


起きてはいけない、と思った。
瞬時に、起きてはいけない、と思った。

恵を引きずり下ろしてはいけない、そう、思った。


きっと恵の細い足は今震えているんだろう。

だから、だけど、それだから、起きてはいけない。そう思った。

私は目を閉じたまま、一切の反応をしなかった。

しばらくして目を開くと、恵も瞳を閉じていた。


少しだけ、ほんの少しだけ、私は恵の肩に寄り添い、そのまま瞳を閉じた。

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