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さつま王子 第3話その1

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 響鬼虎之助(ひびきとらのすけ)、名前からして一介の小作人ではありえない、その男の出自は、名門・響鬼一族であった。響鬼家は未だ、さつまで力を持つ一族ではあるが、虎之助の起こした「ある事件」によって、今では、かつての隆盛とは程遠い勢力と成り下がってしまっている。

 これに関する事の発端は、こうである。

 虎之助は、18歳の当時、百姓の子であったお千代16歳と恋に落ちた。しかし、虎之助は、武士。それも名門・響鬼家の正統な跡取りであったため、当然、そんな恋は実るはずもない。そして、この時、虎之助は、周囲に、とりわけ、当主である父・馬之助にこの恋仲を引き裂かれて、断腸の念に包まれていたのである。これは、世が世であるから、当然の話であろう。しかし、そんな事で諦める虎之助ではなかったから、事はそれで収まらない。虎之助は、その親の意に従っていると見せかけていた3年間。周到に力を蓄え、自分に忠実な部下を増やし、その中でお千代との仲を密かに取り持ち、親に対しては謀反を引き起こし、あろう事か当主である実の父と母の首を取る暴挙にまで出たのだから、さあ大変。

 これにより、虎之助とお千代は結ばれた。しかし、やはり、このような凄惨で強引な出来事の後では、簡単に、めでたしめでたし、とはならなかったのである。この事により、虎之助は病んでしまったのだ。

 この時、虎之助は、もはや、お家を納めるどころの精神状態でもなく、また、その行動から家臣の信頼をまるで得る事も出来ず、今すぐにも命を狙われてしかるべきという状態に陥っていた。そして、耐えきれず、虎之助はお千代を連れて、ある日、いきなり、その姿を民の前からくらましてしまったのである。

 これに大混乱した響鬼家は、その後、お家騒動に発展し、その勢力を大きく失い、今に至る。

 これにより大打撃を受けたのが、いぶし鉄鋼(有)である。鉄鋼(有)は、当時、日本初の有限会社を設立し、羽振りのよい暮らしをしていたが、その売り上げの大半を響鬼家の発注する肩当て創りで賄っていたのだから、さあ大変。当主の虎之助は姿をくらまし、挙げ句の果てにそのお家は勢力を分派し、そして、真っ向から対立してしまったのだから、鉄鋼(有)はどちらについても、どちらかの恨みを買う事になった。つまり、鉄鋼(有)は一夜にして選択を間違えば、死を意味するかもしれない立場へと追いやられてしまったのである。これは武器を造る者=死の商人の性(さが)とはいえ、純粋に性能の良い肩当てを創る事を是(ぜ)としていた鉄鋼(有)にとっては、つらいものに相違なかった。それ故、この時、鉄鋼(有)は、どちらの勢力にもつかず、いさぎよく身を引き、会社を畳む事を選んだのだ。この選択は後を振り返れば、真っ当なものであったと言えるだろう。

 その後、鉄鋼(有)は、一介の素浪人として肩当てを作り回り、流れの肩当て職人として密かに伝説と化していったのであったが、やはり、それはニッチな需要でしかなく、家計は徐々に苦しく、生活は地を這うような生活を余儀なくされ日常に苦しむ。

 この鉄鋼(有)を職人から百姓に変えたのは、当時、18歳の鈴(すず)である。何者にもすり寄らず、ただひたすらに良質の肩当てを作り続けようと願う鉄鋼(有)に対して、端で見ていた、鈴・18歳は猛烈に惚れてしまったのだ。そして、その鈴に惚れられる事によって、鉄鋼(有)は、つらい浮き世を忘れ、女性という甘い蜜に人生ではじめて、うつつを抜かし、反面、職人としての腕は、次第に鈍っていくものとなった。また、そこに拍車をかけるように時代は肩当てという防具を必要としなくなっていっていた面もある。そんな折から、二人は「潮時かも」とぽつりとつぶやき、ここにおいて、鉄鋼(有)は、ひとまずノミを置き、その職人としての人生を断念する事を決意するのである。

 こうして、鈴と身を固めた鉄鋼(有)は、幸いにも、大地主である鈴の生家から土地を分譲してもらい、稲作作りに精を出す事となったのだ。

 そんなある日、鉄鋼(有)の前に姿を現したのが響鬼虎之助と、その妻・お千代である。なんと、お千代と鈴は幼なじみであり、かつての地縁を頼って、お千代が鈴に土地の分譲をお願いしに来たのである。こうして、鉄鋼(有)と虎之助。二人は、思いがけず、再び出会う事になった。それもこたび出会った二人は、かつてのクライアントと職人という主従に近い間柄ではなく、同じ百姓として同列に対すべき間柄となっていたのだから、事態は複雑に展開する。否。ここで出会ったのが鉄鋼(有)でなければ、そのようになっていたであろうが、そこは流石の鉄鋼(有)。そんな事にはならず、むしろ、鉄鋼(有)は、落ちぶれた虎之助に、かつて肩当てを発注してくれてありがとうといった気持ちで接し、快く土地を分譲し、事は単純に進んだのであるから懐の深い人間の前では、世は気持ちよく進むものである。

 これにより、未だ精神が崩壊気味であった虎之助は、すっかり、鉄鋼(有)に心を許し、次第に心も回復し、二人は意気投合するに至ったのであった。

 しかも、この優秀な二人による友情は、やがて、稲作自体にも多大な影響を及ぼす事になる。どちらも稲作のいろはに欠ける新参の小作には相違なかったが、優秀な妻たちの力を借りつつ、お互い、高度な意見交換により、二人の田んぼは、近隣一体で比類するものの無きほど素晴らしい収穫を生み出す事になっていったのだ。そして、その事により、この二人の名もまた、優秀な小作人として、近隣に轟くことになっていったのである。

 これをつぶすのはもったいない。と思いつつも、しかし、それ故、さつま王子は、この二つの田の平定こそが改革の本丸と捉えて、見せしめの為、ここをつぶす事を第一と考えた。この見事な稲を更に見事なさつま芋畑に変える事で、さつま芋栽培がいかに有益かをこの地で示す事を考える。これにより、この地の転用こそ、さつま芋の有用性を広く世に問える最大の仕事になるはずだと考えた。無論、これは、虎之助憎しを貫く名門・響鬼家の意向も受けて、決定した出来事ではあるのだが。

 こうして、さつま王子は、当面の敵に響鬼虎之助を想定しつつも、その外埋めとして、まずは、どうやら虎之助と組んでいるらしい無名の鉄鋼(有)の田を平定し、その勢いで虎之助を攻め入るという方法を優先した。これにより、結果的には、あっさりと平定した鉄鋼(有)の畑の成果を持って、王子は、翌朝、響鬼虎之助が田に進行する事を決意していたのだ。しかし、翌朝、


「芋、植えちゃえばいいじゃん」


 という、その言葉が虎之助の田で発せられる事は無かった。王子の身に「ある事件」が、その夜、起こったからである。


◇◇◇


 納屋に入り、今か今かと息をひそめていた、いぶし銀次郎は、父母が寝静まるのを確認するや否や、一息で飛び起き、その納屋から一目散で駆け出し、外に出た。

 鉄鋼(有)に気づかれる事もなく、首尾良く外に出た銀次郎は、狭い納屋から飛び出した開放感に浸っていたが、同時に夜の闇に若干の怖さも感じていた。しかも、その時、遠くの方から、か細い声で幼い女の子の歌が聞こえてくるのだから、背筋がぞっとする。

 しかし、その歌声に恐れを抱きつつも、同時に好奇心の固まりである銀次郎は、お構いなしにその歌声の方に近づくのだから大したものだ。銀次郎は、声の聞こえてくる方向をうろうろ探しつつ、やがて川辺に辿り着き、遠くに二つの影を見た時、あまりの意外な光景に心底、仰天した。それは、銀次郎にとって、お化けを見るより、余程、驚きの出来事であったと言えるだろう。


つづく!


※この物語はフィクションです。有限会社の最初は全くもってデタラメですので、ご了承ください。

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