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2泊3日の断食エクスペリエンス 於 箱根上の湯

世の中には断食道場なるものがあり、そこにはダイエットやリフレッシュ目的で断食を行う者が集うという。
ダイエットはまあ直感的にもわかると思うが、リフレッシュというのはすぐには想像がつかない。これは、食事をしないことで内臓を休めること、そして日ごろ身体に悪いものばかり食べることで蓄積している悪いものを排出するという効果のことらしい。
私は今年の1月末からダイエットをして83キロから76キロまで7キロほど減量しているのだが、どうもこの2ヵ月ほど停滞している。ある程度達成できてたるんでいたり、退職に伴う飲み会が多かったりという理由もあったが、1次目標としている75キロ切りがなかなか達成できないので、思い切って2泊3日で断食道場に行くことにした。

箱根へ

箱根登山鉄道 大平台駅

今回行くことにしたのは、箱根大平台温泉にある「上の湯」というところだ。道場とはいっても、温泉宿である。
6年間関東に住んでいたころ、箱根には2回行ったことがあるが、どちらも箱根湯本のほうであり、なんならそこが「箱根」なのだと思っていた。しかし、上の湯がある大平台温泉のように、箱根登山鉄道を使って箱根湯本から山のほうに上っていくと、いくつもの温泉地が点在している。

駅を出ると、鄙びた景色が広がっていた(いい意味)。
やはり断食をするからには、俗世から離れないといけないと思う。もちろん本人の覚悟があってこそ断食が達成されるのだが、それ相応の環境に身を置かないと覚悟もしきれないだろう。
もし箱根湯本に断食道場があったら絶対すぐに何か食べちゃうだろ。
その点、大平台という地は、山ばかりであるし、バス道路沿いにある商店にはかろうじてパンやカップ麺が売られている程度だ。誘惑は少ない。
しかし、どれだけ断食がつらい体験なのかがわからず恐ろしかった私は、「まだ断食は始まっていないから」とその商店でランチパック(マーマレード)とマウンテンデューを買って食べてしまった。14:50頃のことである。

大平台駅から望む山々

道場到着

大平台は道が狭いので、Googleマップでは上の湯への道がよくわからなかったが、Webサイトに詳細な案内があったのでたどりつくことができた。

上の湯での断食は、温泉と岩盤浴を計4セット行うプランになっている。
朝昼晩に酵素ジュース(人参とレモンのフレッシュジュース)を飲み、最終日には回復食が出される。
温泉の入浴時間は自由だが、岩盤浴は1回90分も入ると聞いておののいた。飽きそう。
女将によれば、このプランで「だいたい皆さん2~3キロお痩せになって帰っていきますね」とのことだ。私はこの日の朝で体重が76.85キロだったので、2キロ痩せられれば75キロ切りを果たすことが出来る。俄然やる気がわく。

部屋に案内されると、普通にいい部屋で嬉しくなった。
そもそも断食道場だけやっている場所ではなく、食事付きの宿泊もできる場所なのだから当然と言えば当然なのだが、伝統的な温泉宿という感じの部屋で好ましい。窓際のあのスペースもあるし。

廊下のドアを開けておくと風が通って気持ちいい

いざ開始

さっそく温泉に入る。この宿では男女合わせて大浴場が一つあるだけなので、宿泊客はどの時間に入るか予約しないといけないことになっているが、幸い特にバッティングすることはなかった。
温泉は透明のお湯で、匂いも特にない。これから何回も入ると思えば、こういう癖のない温泉がいいのかもしれない。
身体を洗いつつ30分ほどであがり、岩盤浴へ。専用のTシャツと短パンがあるのでそれに着替える。
岩盤浴の最中に飲むように、麦茶がピッチャーで渡された。1リットル以上はありそうだ。
「飲めば飲むほど汗もかきますから」ということなので、時間配分を考えながら飲んでいく。

岩盤浴の部屋

90分間、何もせず横になっているのだが、これが退屈だった。寝られれば良かったのかもしれないけれど、それなりに暑いし、たくさん汗をかくから、寝られる気がしなかった。まあ夕方だったしな。それに岩盤の上にバスタオル敷いて横になっているのでね。
目を閉じてじっとする。
目を開けると5分くらい経っている。
汗を拭いてまた目を閉じる。
ちょっと姿勢変えてみる。
枕が合わないのでいろいろ試す。
うつ伏せになってみる。
など、いろいろやりながら90分をやり過ごした。麦茶は全部飲み干した。

90分後に女将がやってきて、温泉で汗を流すよう促してくれる。
「ここから出るだけでだいぶ涼しいですよ」と言う通り、室温差で本当に気持ちがいい。この時期の箱根はたぶんちょっと涼しくて、そのおかげもあった。
体重を測ってみると、温泉入る前から200g減っていた。1リットル以上の麦茶を飲んだのにもかかわらずこれということは、それだけ汗をかいたということだ。なんだか信じられない。しかしそんな異様な発汗をしたせいか、肌触りがいつもと全然違う。顔全体つるつるしているし、シャワーを浴びるとうなじの触覚が敏感になっていて面白かった。

酵素ジュース、ほうじ茶、梅干し

入浴後はジュースを飲む。人参を絞っているとのことだが、固形っぽさはぜんぜんなくてしっかり液体だった。梅干しは塩分補給のためだそうだ。
ジュースは結構しっかり甘かった。人参や果物などだけで甘いのか、砂糖が入っているのか定かではない(聞けばよかった)。梅干しはもちろん、ジュースもレモンが入っていて酸味があり、食欲が刺激された。梅干しと白米が欲しかった。
実は、もしもの時に備えて、事前にスーパーでパックのお粥を買って持ち込んでいた。使わずに済めばいいと思っていたが、この時だいぶ誘惑されていた。

夕食(?)のジュースを飲み終えると19時ごろで、その後は特にやらねばならないこともなかったので、テレビを見たり読書したりスパイダソリティアをして時間を過ごしたのだが、空腹感は増していた。
予想はしていたが、やっぱりやり始めがしんどいのだろう。この時点ではいつもの食事から夕食を抜いたのと同じ状況であり、仕事の日であれば夜遅くまで食事にありつけないこともあったから、さしてつらくはないようにも思えたが、妙にひもじい思いをした。暇なのがいけないんだと思う。
寝る前に体重を測ると76.85キロで、朝と同じだったが、ジュースが結構多かったからしょうがない。

2日目 大涌谷へ

2日目は、7:30にジュースを飲んで、8:00から温泉と岩盤浴に入った。朝の時点で体重は76.2キロ。
空腹で寝つきが良くなかったので若干寝不足状態であり、岩盤浴は昨日よりは落ち着いて過ごせた。眠りはしなかったが、ウトウトしていたら時間が過ぎた。
10時過ぎに時間が空いたので、宿の周辺を散策した。
何件かの宿があり、どこも営業をしているようだった。箱根の奥のほうなのでアクセスが悪いのかと思ったら、意外とバスも電車も10~20分間隔で朝から晩まで運航している。
しかし、小さな温泉地なので、30分もせずに行くところが無くなってしまった。

宿の廊下

12:30に昼のジュースを飲む。断食開始から22時間が経ち、だんだんと空腹感は無くなってきた。もっとめまいのように身体がフラフラするかと思ったが、普通に歩くことが出来るので、バスで大涌谷というところに行くことにした。
大涌谷は箱根の観光名所らしいが、2日前まで知らなかった。寮の管理人に「箱根に断食しに行くんですよ」と言ったら「大涌谷とか行ってきたらいいじゃない。あそこは火山だから、ガスが多い日は行けなかったりするんだけど」と言われたので「行けたら行きます」ぐらいに返事をして、特に調べもしていなかったのだが、バスやロープウェイの路線図を見ていたらその地名を見つけたので、行ってみることにしたのだ。

電車だと強羅に行ってからケーブルカーで早雲山というところに行き、そこからさらにロープウェイに乗る必要があって大変そうだが、バスだと1本で行ける系統もあるのでバスを選んだ。バスはバスで、急カーブが連続するのでしっかり手すりにつかまっていないと危ない。スマホ見ていたら酔いそうになった。
早雲山のバス停に着くと「この先相当渋滞するからロープウェイに乗るといいですよ」と運転手が言うので、助言に従うことにした。
経験上、こういう時はおとなしく従うに限るのだ。
早雲山ロープウェイ乗り場は建物がきれいで、開放的なラウンジがあったり展望デッキで飲み物を飲んだりできるようで素敵だった。待ち時間があればそこで過ごしたいと思ったが、何しろ断食中なのであまり余計なものを摂取するわけにいかない。それに、ロープウェイがひっきりなしに来るので全然待つ必要もなかった。

ロープウェイに乗っていくと、不意に壮絶な景色が眼前に広がった。

大涌谷

ここが大涌谷なのだろう。
火山らしいということは確かに聞いていたが、火山すぎるだろ。
煙も上がっているし、硫黄がたまって黄色くなっている箇所もある。あちこちにある煙突はいったい何なんだ。炭鉱を地中で燃やしてエネルギーにする計画を描いた劉慈欣の短編「地火」が思い出される。
「日本とは思えないな」という感想がよぎったが、よく考えたら日本は地震大国だし新期造山帯なんだから、むしろ日本ならではの景色なのかもしれないなと考え直した。ちょうど前日には千葉県で大きな地震もあったところだ。とはいえ、さっきまで緑に覆われた山々にいたのに、一つ尾根を越えるとおよそ生命の存在し無さそうなエリアが広がっているのは、まるで急にVR空間に入ったかのようだった。

ゴンドラを降りると、観光客が大勢いた。ここではこの絶景を楽しむほか、名物の黒たまごや、そこから派生したたまごベースのいろんな食べ物を買うことが出来るので、みんな何かしら食べている。当然ながら、私はそれを食べることが出来ない。お土産に買おうかと思ったが、日持ちしないようなので諦めた。
かねてから「観光って珍しいもの見て飲み食いする以外何の要素があるのか」と思っているのだが、飲み食いが封じられると、いよいよ珍しいものを見るぐらいしかやることが無い。ここの景色は本当に珍しかったので十分面白かったけれど、食事は単に栄養を取るだけでなく、それ自体楽しいことだったよなあと思い知る。
舌で味わい、のどで飲み込む快楽。
断食による空腹感よりも、快楽の喪失のほうがよっぽどつらいなと思った。

箱根ジオミュージアムという施設が100円で入れたので入ったが、値段の割にしっかりした施設だった。
・大涌谷が渋沢栄一によって開発されたこと。
・大涌谷で湧き水と火山ガスを混ぜることで温泉を造成して箱根地域に供給していること。
・外に見えた煙突はその造成設備であること
・3000年前の噴火で川が堰き止められたことで芦ノ湖ができあがったこと
など、この地域にまつわることを学ぶことが出来た。

旅行に行くときは単眼鏡を持ち歩くようにしているので、上から大涌谷の下のほうを覗いてみた。

ミニチュアの世界に思えるが、見ていると人が作業をしているのも観察出来て不思議な気持ちになった。

この後は芦ノ湖方面へロープウェイで降りていき、すぐにバスに乗って宿に戻った。
芦ノ湖には海賊船があって遊覧できるようだったけれど、外国人観光客が大勢並んでいてとてもじゃないけど乗る気分になれなかった。でも船は大きいからあれでも1回で乗り切れたのかもしれない。てか海賊船って何?

夜、温泉と岩盤浴3セット目。
女将さんが「スマホを持ち込んでも大丈夫ですよ」と言ってくれたので、音楽を流すことにした。これがかなり退屈しのぎになった。
またジュースを飲む。もう全然つらくはない。不意に空腹を感じるけど、すぐに去っていく。お粥は開けなくて済みそうだ。
寝る前の体重は75.6キロだった。実は岩盤浴の後に体重を測ると74.85キロだったので、水分補給やトイレのタイミングを調整すれば目標達成になるだろう。

3日目

朝起きてトイレに行ってから体重を測ると、74.85キロになっていた。体重をアプリで記録しており、それは朝のトイレ後、夜の寝る前で測るようにしているので、75キロ切りを記録できてよかった。来たかいがあった。

体重の推移

3日目はジュースなしで、入浴と岩盤浴後に回復食を食べることになっていた。空腹感はさほどなかったけど、岩盤浴終了間際になると、「このあと食事だ」という意識が働いたのか、急におなかがすいてきた。

回復食

急にたくさん食べると胃がビックリしちゃうので、優しくて少なめの食事が出された。とはいえ品目は多く、華やかだ。
ずっと液体ばかり飲んでいたから食べきれるか不安だったが、杞憂だった。努めてよく噛むようにしたけど、すぐ食べ終わってしまった。
断食明けだからというわけでなく、シンプルにおいしかったと思う。

終わってみて

2キロ減ということで終了したが、思っていたよりあっさり終わったなと思う。他人の体験記を読むともっとひもじくなったり、目に見えて体調がよくなったり、死生観が変わったりしているという話もあるのだけど、体調はなんなら普段のほうが良かった。ダイエット始めた時に酒をやめたら如実に健康になった経験があるので、そっちのほうがすごかった。空腹も案外すぐ慣れたので、もっと「ぐるじぃ~~」という感情になってみたかったとさえ思う(実際なったら嫌なんだろうけど)。

断食もよかったけど、箱根を広く楽しめたのもよかった。上の湯の温泉も良かったし、箱根湯本の温泉郷以外にもたくさんの観光地があるということがわかって箱根観が変わった。まだまだ関東も知らないことが多い。

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