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遠い日の花火【短編現代ファンタジーノベル】

「ああ…綺麗ね…」
「そうだね。あ、ほら、そんなに揺らすとすぐ落ちちゃうよ。」
「ごめんなさい、揺らすつもりはないんだけど、手の震えは止まらなくて…」
「大丈夫だよ、まだたくさんあるから。」

 ここはとあるリゾート地のコテージ。夏の夜にしては過ごしやすい爽やかな空気が漂っている。ウッドデッキのバルコニーでは、二人の男女が線香花火に興じていた。

「花火をするなんて、いつ以来だろう。」
「本当にね。でもあなたとこんな時間を過ごせるなんて、なんか嬉しい。」
「僕もだ。でも、元はと言えばアレのお陰だね。」
「そうね。アレのね。」

 デッキチェアに沈み込みながら、二人は顔を見合わせ、思わず微笑みあった。

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『恋は、遠い日の花火ではない。』

平成のバブルが弾けた頃、とある洋酒メーカーのCMで使われたコピーである。中年の主人公が、ふとした出来事で心ときめき、忘れていた感情を思い出すという筋書きだった。

それから時は経ち、同じメーカーが、副業のサプリメント事業で画期的な商品を開発した。それが『リボーンEX』である。習慣的に服用する事で、なんと外見を20才から人によっては30才も若返らせるという商品だった。ただしその効果が発揮されるのは、だいたい還暦以降の男女に限られていた。

かつてのCMと同じコピーを使って売り出されたサプリメントは、瞬く間に高齢者の間で話題となり、社会現象となった。街には元気と自信を取り戻した、見た目若い老人が闊歩するようになり、“シルバーラバー“と呼ばれるカップルが、あちらこちらで見られるようになった。

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「私は60過ぎて夫と死別した後、ほとんど家に引きこもり気味になってしまって、人と会う元気もなかったんだけど、アレのお陰でお洋服を買う楽しみを思い出して、また街にも出る事ができるようになったわ。」
「僕も定年後はする事がなくなって途方に暮れていたところに、突然妻から熟年離婚を迫られて当惑していた。だけどアレのお陰で、新しい人生を始める勇気を持つ事ができたんだ。」
「そんな頃だったわね。あなたと出会ったのは。」

潤一郎が新しい花火に火を着け、愛子に渡す。

「そうだね。学生の頃にやっていたロックギターにまたチャレンジしたくなって、バンドを組んでライブハウスに出たりしてた。」
「本当にカッコよかったわよ、あなた。」
「君もね。あまりに魅力的なので、客席にいても一人だけ輝いていたよ。」
「そんな、大げさよ。」

愛子が恥ずかしさ半分の表情で笑い飛ばす。

「本当さ。だけど正直、ライブはしんどかったな。なにせ外見は若くても中身は年寄りなんで、すぐ息が切れちゃう。」
「長いステージはできなかったわよね。」

可笑しそうな目で見つめる愛子。

「一緒にお洒落な店で食事をしたし、時には贅沢して旅行にも行ったね。」
「ええ、シルバーラバーならではの“シル映え“する写真を撮っては、写真投稿サイトにアップしたわ。結構フォロワーも増えたし、面白かった。」

潤一郎は愛子の手を握りながら呟いた。

「本当に楽しかった…」
「ええ、本当に。」
「君に出会えたことを、神に感謝するよ。」
「私も…何も後悔はないわ。」

二人の唇は、いつしか重なり合っていた。

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『リボーンEX』のトラブルが表面化してきたのは、発売後かなり経ってからだった。服用者の平均寿命が、服用していない人に比べて極端に短いというデータが明らかになったのだ。その多くは老衰のように、眠るように亡くなっていた。メーカーは因果関係をなかなか認めようとはしなかったが、これをきっかけとして、潮が引くようにこのサプリメントの利用者は減っていった。

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「私ね、花火の中で、線香花火が一番好きなの」

愛子が線香花火の火花を見つめながら言う。

「だって、なんか、人の一生みたいでしょ?」

目に涙を溜めながら、潤一郎が頷く。

「ああ、そうだね。」
「ごめんなさいね、私の火の方が…先に…消えてしまうみたい…」
「僕のももうすぐさ。寂しくなんかないよ。」
「あなたの…お陰で…素敵な……人生……」
「愛子っ…!」

愛子の持つ線香花火の火玉が、ジュッと音を立てて、消え入るように落ちていった…

[了]

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創作サークル『シナリオ・ラボ』7月の参加作品です。お題は『花火』。

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