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24.作業環境測定の落とし穴

はじめに

安全衛生の3管理の1つ目である「作業環境管理」の中で、「作業環境測定」は働く環境を評価するためにとても重要です。産業医として関わるパターンとしては、作業環境測定結果を確認・押印することを求められる場合が多いと思われます(他にも作業環境測定の要否や、デザイン、現場の確認、測定の同行、結果の解釈・労働者への説明といったことに関わる場合もあります)。この回では主にその場面を想定しての落とし穴をご紹介します。

場の管理の落とし穴

日本の作業環境測定は「場の管理」と言われ、環境の評価であり、欧米で実施される個人曝露測定(個人曝露の管理)ではないため、作業者個人の曝露量を正確には評価できていません。環境濃度は、ばく露濃度を正確に反映していないという報告もあります。作業場の客観的な状況とばく露の可能性がある最大濃度が把握することで、作業場に問題がある場合、改善の優先順位をつけて対策をたてやすいことが利点ですが、あくまで個人ばく露濃度を測定しているわけではないことに注意が必要です。(資料1参照)

個人曝露測定の方法である個人サンプラーについて「個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会」の報告書もご確認ください。令和 3 年 4 月から新たに個人サンプラーを用いる測定を用いることも可能になりますので、産業医としても身に付けなければいけない知識です。

法令遵守による落とし穴

作業環境測定はの対象外となっている作業や規制外物質が多いことや、年々増加する新規化学物質などには十分に対応していません。そのため、有害性があるが作業環境測定が実施されていない可能性がある点についても注意が必要です。「法令遵守の落とし穴」でも触れましたが、安全衛生活動は主体性が重要ですので、法的要求事項ではなくとも個々の作業や物質の有害性などを検討して、作業環境測定を実施することが本来は望ましいと言えます。

急性曝露の落とし穴

作業環境測定が規定されている物質の中には、眼に入ってしまったり急にたくさん吸い込んでしまうことによる急性曝露の健康障害の危険性が大きい物質も含まれています(例:フッ化水素やアルカリ・酸など)。この急性曝露健康障害は作業環境測定では十分に評価されないことに注意が必要です。SDSから化学物質の急性毒性についても確認し、現場での取り扱い状況を確認してください。

第一管理区分の落とし穴

環境測定結果が第一管理区分だから、現場の安全衛生状況が良好だと捉えるのは早計です。あくまで年に2回のスポットでの測定ですので、大きな限界があることに注意が必要です。「第一管理区分だから大丈夫」という思考パターンに陥らないようにしてください。

測定タイミングの落とし穴

作業環境測定は、作業場においてばく露の可能性がある最大濃度を把握することが求められます。しかし、測定のタイミングによっては生産量や天候、測定点などにより最大濃度ではない可能性があることに注意が必要です。B測定の場所が、作業者の暴露が最大と考えられる場所になっているかの確認も重要です。協働、過去の結果も経時的な変化を含め確認しながら、適切なタイミングなのかご確認下さい。そしてこれらは、現場の状況に左右されますし、現場の担当者や安全衛生担当者の協力なしには行えませんので協働する姿勢も重要です。

作業頻度の落とし穴

半年に一度の作業環境測定ですが、実際の作業現場では頻度が年に1回しかない作業であったり、不定期・トラブル発生時・メンテナンスといった作業もあります。安全衛生担当者は、作業環境測定士(もしくは労働衛生機関)と調整し、作業頻度が少ない作業についても必要に応じて作業環境測定を行うことが望ましいと言えます。産業医としても、作業環境測定の抜け漏れが起きていないか確認する必要があります。

企業秘密の落とし穴

企業秘密だから、開発途中や試作品なので、といった事情で作業環境測定が実施されないことは往々にして起こります。そうした場合には扱う薬品量が少なかったり、作業頻度が少ない場合もあります。作業環境測定を行うべきかどうかはケースバイケースです。産業医としては、そうした事情で抜け漏れが生じうることは知っておく必要があります。特に、外部の作業環境測定機関を利用する場合などには起こりやすいと言えるかもしれません。

保護具不要の落とし穴

作業環境測定結果が良好だから、保護具が不要というわけではありません。急性曝露によるリスクもありますし、非定常作業やトラブル発生時などにより現場の曝露レベルも日々変わります。リスク低減措置は、①本質的対策→②工学的対策→③管理的対策→④個人用保護具使用という順序で考える必要があり、すぐに個人用保護具に頼ることは望ましくありません。保護具着用の要否は、現場の状況を総合的に考えて判断する必要がありますのでご注意ください。(参照:「作業管理の落とし穴」)

特殊健診との整合性の落とし穴

作業環境測定結果が良好だから、現場の安全性が担保されるわけではありません。リスクはゼロになりませんので、様々な対策を講じた上でも残存するリスクはあります。特殊健診はそうした残存リスクの制御するために行われるものです。もちろん、特殊健診だけやっておけば大丈夫という考えもよくありません。また、5管理の1つである安全衛生教育についても抜けがちです。安全衛生活動は抜け漏れなく、総合的に対応していく必要がありますので、作業環境測定に頼り過ぎないということも重要です。
(参照:「特殊健診の落とし穴」)

終わりに

作業環境測定結果の確認にはこのような落とし穴がありますので、実際に測定現場を確認したり、結果について安全衛生担当者や作業環境測定士らと話し合うこと、結果の解釈には注意が必要なことを関係者で共有することも重要です。

報告書を読めば、作業環境測定のプロである作業環境測定士(国家資格)のコメントもついていますし、多くのヒントが記されています。しかし一方で、様々な理由で精度の低い作業環境測定がされている場合もあります。産業医には、それらの質の管理を行うことも求められますので、作業環境測定結果報告書を吟味する能力が必要です。

参考資料

1.保利一(2013).労働安全衛生法に基づく有害作業の作業環境管理の現状と課題. 産業医科大学雑誌 35;73-78
 2.「個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会」(厚生労働省)
個人サンプラーを活用した作業環境管理のための専門家検討会」の各種資料もとても参考になります。

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