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朝のホームルームで少年は頬を染めてカードを受け取る

オーストラリアの中学・高校には、日本と同じくホームルームの時間がある。

ホームルーム、フォームグループ、ケアグループなど、呼び方も学校によって違うし、時間も朝、昼、下校前など色々だ。統一されているのは、7年生から12年生まで数人ずつ集められたクラスであること。グループとして、ひとりの生徒が学校に通う6年間全く変わることがない。先生も同じだ。そして、そのホームルームの12年生が卒業すると、新入生の8年生がまた数人入ることになる。

わたしも以前公立校で働いていたときに、そうしたホームルームの担任として45番のクラスを受け持っていた。各学年5−6人ずつ、全部で27人の生徒に毎朝15分間の点呼、校内連絡事項の読み上げ、集金、学校新聞の分配などをしていたわけだ。

時々回ってくる職員メモに「要注意」と書かれている悪ガキも数人いたし、州の数学コンテストで毎年優勝するような頭脳明晰な子もいた。わたしが教えている日本語クラスの子供たちもいて、点呼を取るとよく「イエス!」や「プレゼント!」(英語で「出席しています」の意)の代わりに間違えて「はい」なんて日本語で答えてしまったりもする。

すでに2年近く毎日ツラつき合わせていれば、なんとなく親しくもなり、冗談やたわいのない相談も受けていた。クリスマスともなれば、カードやキャンディや花が教壇に置かれる。わたしもイースター休暇直前には卵型の小さなチョコレートを配って大喜びされた。

その中のひとりである10年生の少年が、秋休み明けから1週間遅れてようやく教室に戻ってきた。

ドイツにいる少年の父が、交通事故で亡くなったのだ。彼は離婚していた母に連れられてドイツに戻り、しばらくそちらで暮らしていたのだった。
戻った彼は、いつものようにおしゃべりに高じてわたしから怒られることもない。黙って椅子に寄りかかり、ぼんやりと窓から外を見ているだけだ。そんな彼の様子は、ほかの子供たちもわかっていたに違いない。

数日後の朝いつものようにホームルームが終わると、11年生の少女たちが駆け寄ってきた。

「センセイ、カードを買ってきたの。みんなで彼を元気づけてあげようと思って。だから、センセイもサインしてね」

見れば、可愛い白い猫たちが花を差し出している絵が描かれたカードだ。もちろん、とばかりにわたしもサインをして、言葉を添えた。そして、そのカードは彼をのぞく26人全員のサインでぎっしりと埋まった次の日の朝、彼にそっと渡された。

カードを開いたっきり動作のとまってしまった彼の顔が、みるみるうちに赤く染まった。
周りを見ると、ほかの子供たちもなんだか照れくさそうだ。冗談でかっとばそうという子もいない。

11年生の少女が、「これはこのホームルームからのカードよ。はやく元気になってね」とやっと言うと、彼は蚊さえもっと大きい声を出すだろうにというくらい小さな声で「ありがとう」と答えた。

ちょうどよい頃合にベルが鳴り、皆席を立つと、さてもう何事もなかったようにガヤガヤと話しながら1時間目の教室に向かう。

カードのせいで呆然としていた彼は、立つのが遅れて一番最後だ。まだ赤みの残る頬で、にやにやとわたしを横目で見ながら通り過ぎる。わたしもにやりと笑ってウィンクを送ってやったら、今度は白い歯を見せて彼もぎこちない「ウィンクらしきもの」を返して寄こした。

いい笑顔だった。


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