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CD世代の落語この人この噺「井戸の茶碗」(柳家さん喬)

 今回はあらすじちょっと長めです。

 主人公は正直者で通っている屑屋の清兵衛さん。
 この清兵衛が普段から足繁くまわっている貧乏長屋にその日もやって来たところで、年老いた浪人の千代田卜斎に呼び止められる。そこでいくらかの反故といっしょに買ってもらえないかと持ちかけられたのが一体の仏像だった。
 けれども清兵衛は骨董にはとんと目が利かないからと、他の人に売れた際に儲けは折半という約束で預かって再び商売に出たところが、今度は細川家の武家屋敷の一角で声を掛けられる。
 声の主は江戸に出てきてまだ間がない高木作左衛門という若侍で、屑屋という商売が珍しくつい呼び寄せたのだった。清兵衛から説明を受けているうち、作左衛門は屑の入っているかごのなかに一体の仏像が混じっているのを目に留める。卜斎からあずかったあらましを聞き、清兵衛の健気さに感じ入ったところもあり作左衛門は仏像を購入するのだった。
 それからしばらくして、体調を崩して伏せっていた清兵衛さんが久しぶりに商売に出ると、先日と同じ武家屋敷でまたも呼び止められた。
 再び高木作左衛門に対面し言う話には、あの時買った仏像はずいぶん時代がかかっていたので洗い清めようとしたところ台座が外れ中から五十両という大金が出てきたとのことだった。
「自分は仏像は求めたが中の金子まで求めた記憶はない」から持ち主に返却してきてほしいと頼まれる。
 仏像の儲けを折半しないといけない都合もあるので、言われたまま五十両を懐にして千代田家へと向かう。
 ところが事情を説明されると千代田卜斎は渋い顔で「一旦売却したからには既に自分の所有物ではないので受け取るわけにはいかない」と頑として聞かない。
 高木作左衛門はなんとしても受け取れ千代田卜斎はどうあっても受け取らないと、お互いに一歩も引かない。困ったのは清兵衛さんで、二人の武士の間を行ったり来たりという状態になってしまう。
 弱りきってしまい、とうとう卜斎の住む長屋の大家に解決の方法はないかと相談に向かう。大家は間に立ち、千代田・高木それぞれに二十両ずつ、清兵衛にも十両を与えるという折衷案を提示する。
 作左衛門はそれで了承するが卜斎はまだ納得しきれない様子なので、「さらに高木作左衛門になにかを二十両で売り渡したという体にする」という話をやっと飲み込む。
 卜斎が差し出したのはひとつの茶碗で亡父から受け継ぎ自分も普段使いにしているものだという。
 これで八方が丸くおさまったと思ったところが、それから数日して、またも清兵衛は高木作左衛門に呼び出される。
 うかがうとそこには百五十両という大金が置かれていた。
「千代田氏から頂戴したあの茶碗がこの大金に化けた。ついてはお前からこれを受け取ってもらえるように頼んでもらいたい」
 そんなことを言い出したのだった……

 やさしい噺です。
 登場人物のだれもが他の人のことを慮って行動しているのですが、それが少しずつ掛け違って騒動に発展していきます。それでもつかみ合いの大喧嘩や刃傷沙汰にはいたらない安心できる穏やかさがあって、聞いている方も遠慮なく笑っていられます。
 おまけに柳家さん喬の語り口調ですと一層気持ちが落ち着いて幸福感さえただよってきます。

 柳家さん喬につきましては以前の記事で紹介しておりますので、そちらをご参照ください。

 そのさん喬にとりましても「井戸の茶碗」は特別な一席らしく、これまで三種のCD用に録音されています。
 そのうちで私が特に好きなのは、ポニーキャニオンの『柳家さん喬名演集1』(PCCG-00820)に収録されているものですね。

『柳家さん喬名演集1』(PCCG-00820)

 なにがいいといいまして、主要な三人の登場人物の演じ方がいいんです。
 清兵衛さんの正直者というよりは気弱なお人よしという感じ、千代田卜斎の清貧で公平無私な目を持ちつつも依怙地さが邪魔をしてしまう損な性格、そしてなにより高木作左衛門の若さに溢れた一本気な快活さが最高なんです。いかにも若侍らしい精悍で伸びやかなしゃべり方が聞いていて気持ちいいんですね。

 話の筋立てでは、清兵衛の優柔不断さや千代田卜斎の偏屈さが少々鼻につきかねないところもあるのですが、この高木作左衛門の快活さで吹き飛ばしてくれる。
 また作左衛門の闊達さのおかげで、残りの二人の控えめなところもキャラクターとして俄然立ってくる。

 物語の終幕間近、大団円に向かうところで、清兵衛が屑屋である自分の身の上を嘆く口上があるのですが、正直者やお人よしの陰に隠れていた身分社会である以上どうしようもない鬱屈が思わず言葉になってこぼれ出る短いセリフが実に胸に迫ってきます。そしてそれを思い切り吹き飛ばしてくれるラストでの作左衛門の言葉を受けての歓喜の絶叫は、本当に万感解放してめでたく喜ばしくこちらにも思えてきます。

 主要人物の描写がいいので脇に登場する人々も印象的になってきます。清兵衛さんを本気で心配してくれる屑屋仲間たちの気のいい様子もほほえましいですし、なにより仏像から出てきた五十両の処遇に対して困り果てた清兵衛が相談にいった長屋の大家があらましを聞いてしみじみつぶやくセリフ、
「近頃稀に聞くいい話だねえ。いいのかい、清兵衛さん、こんないい話を私が仲立ちさせてもらって」
 がもう本当にこの世界のやさしさを表していてたまらないほど好きなんです。

 とにかくどこを切り取っても陽性で、やさしく楽しく気持ちの晴れやかになる噺で口演です。

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