CD世代の落語この人この噺「井戸の茶碗」(柳家さん喬)
今回はあらすじちょっと長めです。
やさしい噺です。
登場人物のだれもが他の人のことを慮って行動しているのですが、それが少しずつ掛け違って騒動に発展していきます。それでもつかみ合いの大喧嘩や刃傷沙汰にはいたらない安心できる穏やかさがあって、聞いている方も遠慮なく笑っていられます。
おまけに柳家さん喬の語り口調ですと一層気持ちが落ち着いて幸福感さえただよってきます。
柳家さん喬につきましては以前の記事で紹介しておりますので、そちらをご参照ください。
そのさん喬にとりましても「井戸の茶碗」は特別な一席らしく、これまで三種のCD用に録音されています。
そのうちで私が特に好きなのは、ポニーキャニオンの『柳家さん喬名演集1』(PCCG-00820)に収録されているものですね。
なにがいいといいまして、主要な三人の登場人物の演じ方がいいんです。
清兵衛さんの正直者というよりは気弱なお人よしという感じ、千代田卜斎の清貧で公平無私な目を持ちつつも依怙地さが邪魔をしてしまう損な性格、そしてなにより高木作左衛門の若さに溢れた一本気な快活さが最高なんです。いかにも若侍らしい精悍で伸びやかなしゃべり方が聞いていて気持ちいいんですね。
話の筋立てでは、清兵衛の優柔不断さや千代田卜斎の偏屈さが少々鼻につきかねないところもあるのですが、この高木作左衛門の快活さで吹き飛ばしてくれる。
また作左衛門の闊達さのおかげで、残りの二人の控えめなところもキャラクターとして俄然立ってくる。
物語の終幕間近、大団円に向かうところで、清兵衛が屑屋である自分の身の上を嘆く口上があるのですが、正直者やお人よしの陰に隠れていた身分社会である以上どうしようもない鬱屈が思わず言葉になってこぼれ出る短いセリフが実に胸に迫ってきます。そしてそれを思い切り吹き飛ばしてくれるラストでの作左衛門の言葉を受けての歓喜の絶叫は、本当に万感解放してめでたく喜ばしくこちらにも思えてきます。
主要人物の描写がいいので脇に登場する人々も印象的になってきます。清兵衛さんを本気で心配してくれる屑屋仲間たちの気のいい様子もほほえましいですし、なにより仏像から出てきた五十両の処遇に対して困り果てた清兵衛が相談にいった長屋の大家があらましを聞いてしみじみつぶやくセリフ、
「近頃稀に聞くいい話だねえ。いいのかい、清兵衛さん、こんないい話を私が仲立ちさせてもらって」
がもう本当にこの世界のやさしさを表していてたまらないほど好きなんです。
とにかくどこを切り取っても陽性で、やさしく楽しく気持ちの晴れやかになる噺で口演です。
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