見出し画像

落語この人この噺「不動坊」林家たい平

 貧乏長屋住まいながら、堅実な生活をしている利吉のもとに、ある日大家が縁談の話を持ち込んでくる。
 うかがってみれば、相手は同じ長屋に住む講釈師不動坊火焔の女房のお滝だという。
 この不動坊が巡業先で流行り病にかかってなくなってしまい、後にたちのよくない借金を残してしまった。後添いにその負債を立て替えられる蓄財のある利吉ならばと白羽の矢が立った理由が伝えられる。
 もともと美人のお滝に片思いしていた利吉はいちもにもなく申し出を受け入れて、その日のうちに仮祝言をあげて輿入れしてくる手筈が整えられる。
 そこから利吉はすっかり浮かれてしまい、身を清めてこようと訪れた銭湯でも、新婚生活を想像してのぼせ上ったしぐさをさんざん周囲にふりまいてしまう。
 その様子を遠目にうかがっていたのが同じ長屋で暮らす徳さん。利吉同様、お滝さんに思いを寄せていたのだから、おもしろいはずがない。どうにか一泡吹かせて縁談をおじゃんにする方法はないものかと、早速ほかの独身連中を集めて悪だくみを講じる。
 そこで近所に住んでいる落語家を雇って、不動坊の幽霊になりきってもらい徹底的に脅かしてやろうという計画を思いつく。
 やがて夜を迎えて、幽霊姿の落語家を宙づりにするため、利吉の家の屋根の上にのぼって支度をはじめるものの、急ごしらえのうえにとんちんかんなメンバーがいたために段取り通りに進まずに大騒ぎを引き起こしてしまい……

 元は上方落語で、明治のはじめに活躍した二代目林家菊丸の作です。
 東京への移植は、夏目漱石が『三四郎』にて作中人物に「彼と時を同じくして生きるのは大変な幸せ」といわせた名人、三代目柳家小さんが行ったと伝えられています。

 といいましても、特別な場所や風習に依存する噺ではありませんので、東西で演じ方にさほど大きな差はなく、しいて挙げれば上方では季節が冬場と明示されている点と、冒頭大家が利吉の家を訪れるのが上方で利吉が大家宅に呼び出されるのが関東、幽霊に扮するのが関東の落語家に対して上方では講釈師というくらいです。

 そうしたわけで東西どちらの噺家さんでも演じられ、また客側からしても特別な知識が必要とされるわけでもないので気楽に聴くことができるため、高座にかかる機会も多く、それこそ昭和の名人上手からはじまりまして、たくさんの演者による録音が残されています。
 なかでも私が好きなのは、全日空の機内で放送されている録音を集めたCD『笑う全日空寄席』のシリーズ第3弾に収録された林家たい平師匠によるものです。

画像1

 前回の桂歌丸師匠に引き続いての「笑点」出演者となります。

 テレビにてその容貌はご存知と思いますが概略を。
 昭和39年埼玉県出身、故郷の秩父市には愛着厚く、高座や「笑点」内でよくネタにされています。武蔵野美術大学造形学部を卒業後、昭和63年林家こん平に入門。平成4年に二つ目、平成12年に真打に昇進。平成16年より師匠こん平のピンチヒッターとして「笑点」の大喜利コーナーに出演開始、平成18年以降はレギュラー出演者に昇格。現在はベテランの落語家として、テレビに寄席にと大変な活躍をされています。

 そのたい平師匠の口演のうち、CDに収録されているのは平成12年(2000年)3月26日鈴本演芸場での一席となります。

「不動坊」で好きなのは、利吉が湯につかって新婚の喜びを存分にのろけながら、一人芝居まではじめてお滝とのやりとりを見せつけて、周囲の客から気味悪がられるところと、ふられ男たちが屋根にのぼっていよいよ利吉とお滝を驚かせようと幽霊役を吊るしたものの、段取りわるく大げんかをはじめて幽霊登場のための演出がむちゃくちゃになっていくところで、なにしろ湯にもぐる、静かにしていないといけない屋根の上でやけっぱちの太鼓が鳴り響くと、さんざんの大騒ぎになります。

 この部分のたい平の語りが実に素晴らしいんです。かたや幸福で、かたや憤懣でのぼせきったひとびとの様子が真に迫るように、とんとんとんと一気呵成に駆け上がっていく爽快さがあります。

 それもそのはずで、上に書いたプロフィール通り、平成12年は林家たい平が真打に昇進した年で、それどころかこの録音は真打になってまだ6日目の高座を収めたものなのです。
 三十代半ばの、落語界でいうならば、まだまだ若手の、それだけに勢いのある声に合わせて、真打に昇進してのやる気や喜びが前面に押し出されて、登場人物の血気にはやる姿が目に浮かぶような精彩を放っています。

 もちろん名人上手とくらべますと、登場人物の演じ分けや場面転換での間の取り方などで、物足りなく感じる部分もあります。
 とちる場面はありますし、録音か編集のミスによるものか音トビもあり(私のCDだけかもしれませんが)、展開を省略している個所だってありますので、必ずしも万全とはいいきれません。
 けれども、そうした欠点を補って余りあるほどに、声に張りは満ちて、場面ごとのテンポは快活で、聴いていて元気になってくるエネルギーに満ちています。

 それにサゲ(オチ)です。

 本来の上方落語の「不動坊」では、正体を見破られた講釈師が「お前みたいなやつは講釈師じゃなくて横着師や」と詰め寄られたところで「いえ、幽霊稼人です」と返すものでした。

 これは昔は芸ごとを生業とするために「遊芸稼人」という免許が必要だったことからきているシャレなのですが、言葉自体に馴染みがなくなった現在ではほぼ使用されません。

 かわりに、利吉にたくらみが露見して幽霊役が叱りとばされて「お前もしっかりした野郎じゃないな」「はい、ついさっきまで宙に浮いていました」というものや、幽霊を説得して成仏のためにと回向料を払ったものの居残っている相手に向かって「なんだい、まだ浮かばれねえのか」「いえ、ぶら下がっております」というものが主流となっています。

 正直、オリジナルも含めて、とってつけたような印象は拭いきれません。(もっとも、落語のサゲはたいていそんなものといえば、そんなものなんですが)

 ここにたい平は新しいサゲを用意しています。

 詳しくは、是非とも聴いて味わってほしいのですが、ストーリー展開に合っていて、とてもきれいにはまって無理なく耳に入ってきまして、すっと話の区切りをつけてくれるんですね。
 不思議なもので、このサゲだけでも、「ああ、今落語を聴いたんだ」という満足感がわき上がってくるんです。

 声よく、勢いがあり、サゲもすっきりまとまっていて、聴き終えた後に感慨を残してくれる、非常にしっかりとした一席です。


 それから、今回紹介いたしましたCDには、三遊亭圓歌の「昭和の名人たち」、三遊亭小遊三の「船徳」が併録されておりまして、重鎮、ベテラン、若手と三様の語り口に、古典二席、新作一席のバランスもよく、時間がある時には全編聴き通してもよし、気分に合わせて一席ずつつまむもよしの好企画盤です。

ここまでお読みいただきましてありがとうございます! よろしければサポートください!