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ゴッホと十万石まんじゅうとコーヒー

「日本人って印象派が好きだよね」って言葉には、大抵の場合侮蔑の感情が含まれている。「聖書も美術史も知らない無教養な連中(笑)」あたりが本心だろう。いつだったかネットで見た何かのコラムで「フランスに行くなら鞄にプッサンの画集でも忍ばせておいて、ホテルでチラ見せしろ。扱いが変わるぞ」なんてアドバイスを見た際はスノビズムここに極まれりと思ったものだ。そりゃ教養ある大人を演じた方が得な場面もあるだろうが、それ以外の場面で人の好き嫌いにケチをつけるのは教養も大人げもない振る舞いだ。そもそも日本人同士でマウンティングしてどうすんの?

さて、連中が言うところの「無教養なガキ」である私は、昨年11月にsompo美術家で開催されていた「ゴッホと静物画」展を訪れた。展覧会の中身については多くの人がnoteで紹介してるので私からは特にしない。会全体の印象としては、写真撮影が基本的にOKだったこともあり、とにかく前に進まない展覧会だった。日時指定予約制が採用されていたので、比較的手薄な昼飯時を狙って入場したはずなのに「お前オリジナルの図録でも作るんか?」って勢いで写真撮影に注力する人が多くあり、人混みが嫌いな私にとっては中々に忍耐力を要した。

作品が展示される壁の色が細かく変わっていたのをよく覚えている。絵のトーンに応じて壁の色も白や赤に設定されており、引き締まった印象を受けた。ある絵などは白い壁の上に薄紫色のパネルを貼り付け、その上に展示されていた。その1枚のために手の込んだことをするものだと感心させられた。「何をどういう順番でどう展示するか」もまた1つの作品なのである。


白い壁、紫色のパネル、作品(筆者撮影)


同展の目玉である《ひまわり》と《アイリス》は微かに青みを帯びた黒い壁に展示されていた。もしこれが白い壁に展示されていたら、特に前者などは散漫になっていただろう。さておき、私としては《アイリス》の方が好きである。何が好きかと言われれば色使いだ。マスタードイエローの背景に、もにゅっとしたアイリスの青色の鮮烈な対比が網膜に突き刺さる。ふと光琳の《燕子花図屏風》が見たくなった。しかしこの日はその後も予定が入っていたので根津美術館はまたの機会に訪れることにする。


黒い壁にかけられたゴッホの《アイリス》(筆者撮影)


人は何に惹かれて花を愛でるのだろうか。儚さ、香り、形状、それとも希少性? 私の場合は色彩である。ゴッホもまた色彩の研究に熱心だったという。同展に展示されていたゴッホの《青い花瓶に生けた花》という作品があるが、題の通り青い花瓶のすぐ上に黄色い花が、その両端には青と紫の花が配されています。色彩理論では黄色と青~紫は互いに引き立て合うとされることから、同作品は花瓶の色も花の配置も狙ってやったことだと推測される。こういう試みがやがて《アイリス》や、あるいは《星月夜》や《夜のカフェテラス》に生かされていくのだろう。もし《ひまわり》が青い花瓶に入っていたら、私はそちらを選んだかもしれません。

とはいえ、実は同展で最も気に入った作品はゴッホのではなく、ヴラマンクの《花瓶の花》である。抽象画に片足突っ込んだような作品だが、具体的な形を失うことにより却って花の色と力強さが純粋に感じられるようになった。ヴラマンクはゴッホ没後に開催された回顧展で感銘を受け「その日、父よりもゴッホを愛した」という言葉を残したという。

(公式Webサイトより)

一通り見終えると後の予定に支障が出かねないほど押し気味。さっさと移動しなくては、でも図録欲しいし、と思いミュージアムショップを見れば人、人、人。流石にこれは無理だと断念して五島美術館の「古伊賀」展を見るため、泣く泣く新宿駅へ向かった。「古伊賀」展については別の機会に書くことにする。

時間は飛んで帰りの大宮駅、売店で十万石まんじゅうを発見しこれを購入した。埼玉県民のソウルフード的お菓子だと長らく思ってたのだが、実はそうでもないということを最近知った。今度は白鷺宝や彩果の宝石も探してみようと思う。さて、十万石まんじゅうのパッケージは確か棟方志功によるもの。そういえば棟方志功もヴラマンクと同じくゴッホに強い影響を受けていた訳で、もしゴッホがいなければ版画家棟方志功もおらず、十万石まんじゅうのこのパッケージも今とは違ったものになっていたのだろう。

十万石まんじゅうのパッケージ(筆者撮影)

逆にゴッホが影響を受けたドラクロワは一説には(前回食卓外交で名前が出てきた)タレーランの隠し子だという。私はコーヒー党ではないが、悪魔のように黒く、地獄のように熱く、天使のように純粋で、恋のように甘い液体を十万石まんじゅうに合わせてみたらどうなるだろうか。ここまで来ると「風が吹けば桶屋が儲かる」にも程があると我ながら思うが、そんな連想ゲームに耽りながら新幹線の到着をホームで待つのであった。

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