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皇居三の丸尚蔵館収蔵品展/伝統工芸展 ~権威主義の時代~

昨年の11月3日、石川県立美術館および国立工芸館で開催されていた「皇居三の丸尚蔵館収蔵品展」を観覧してきた。副題が「皇室と石川 ー麗しき美の煌めきー」であり、前田家所縁の品々や石川所縁の工芸家の作品にも重点を置いた展覧会であった。また当日は県美で料理研究家の脇先生による「皇室の食フォーラム」と題した講演会が行われたので、こちらも大変興味深く聴講してきた。ついでと言っては何だが「第70回日本伝統工芸展」も見てきた。

展示美術品リストには俵屋宗達、円山応挙、伊藤若冲、横山大観と錚々たる名前が連なり、また国宝も若冲の『動植綵絵』の他に『春日権現験記』『万葉集金沢本』『太郎作正宗』『白山吉光』なども数点されていた。私が見てきた11月3日は丁度会期の前期末であり、11月7日の入れ替え以降は王羲之搨本の『喪乱帖』『孔侍中帖』が展示されたようである。美術鑑賞が好きな人は勿論、美術鑑賞する自分が好きな人、有名な作品を見たという実績を解除したい人達も満足できる展示会だったと言えるだろう。


出展作品一例(展覧会チラシ裏より)


私の印象に残った品は「忍」の一字の掛軸である
。後水尾天皇の直筆との事で、後水尾天皇が前田家に贈ったものだという。当時は朝廷も加賀藩も共に江戸幕府から睨まれる存在であり、そんな時代に天皇が「忍」の一文字を書いて贈るということの意味、その心情を推し量ると、この一文字には千万言を上回る重みを感じるのである。

塩多慶四郎の《黒漆短冊箱》も強く印象に残った作品である。これは長辺が40cm程度の直方体で、表面の漆は磨かずに仕上げられており、覗き込んでも顔は輪郭がぼんやりと映り込む程度。螺鈿や蒔絵、沈金等の装飾もなく、つまりピカピカというよりじんわりと美しい一品であった。

この短冊箱は工芸館の方に展示されていたのだが、展示作品中で一、二を争うほど地味な作品だったように思う。技巧の粋を凝らした大変精緻な作品は他に何点も、いや何十点もあった。例えば明治宮殿の装飾に用いられた《唐花唐草象嵌花盛器》や初代諏訪蘇山の《青磁鳳雲文花瓶》、昭和天皇の御成婚時に献上された《鳳凰菊文様蒔絵飾棚》や棚飾として付属する板谷波山の花瓶などは恐らく誰もが一眼見れば「凄い」あるいは「綺麗」と感じることだろう。それに対して例の短冊箱はうっかり通り過ぎてしまうレベルの地味さである。

では、なぜそういう美術工芸ばかりなのかといえば「分かりやすい」からだろうと思う。宮殿の内部を彩り、国内外の貴人や政府高官の眼に触れる調度品が、一眼見て「凄い」とか「綺麗」という感想を抱かせるものであれば、それは日本という国の技術力の高さを示すことに等しい。また皇族に献上される最高級の美術品・工芸品は、献上されることによって「最高級」の基準として作用すことにもなる。言い換えれば、皇室の権威を後ろ盾として日本的な美の基準が設定されるということである。過去から受け継がれてきた至宝を根拠に、現代の美術品・工芸品に対してその伝統美を継承するものという認証を与え、未来への指針とする。そういう機能が皇室にはあるのではないだろうか。

その機能は現在に至るまで作用し続けている。今回ついでに見てきた伝統工芸展、その主催である日本工芸会の歴代総裁は全員皇族だ。そして、皇族を総裁に戴くその組織の会員となり、展覧会で実績を積んだ者の中から人間国宝が選出される。人間国宝なんて、といっては礼を失するが、人間国宝なんて所詮は肩書きである。人間国宝だから凄いのではない。凄い作品を作れるから人間国宝になるのである。しかしその「凄さ」も「日本工芸会」のレギュレーション下に限定されるものに過ぎないのだ。先に挙げた短冊箱の作者、塩多慶四郎は人間国宝の漆芸家だが、私がその作品に惹かれたのは彼が人間国宝だからではない。単純にその作品を美しく感じたからである。

伝統工芸展なんて言わば人間国宝決定戦の予選会場である。陶磁器部門の出展作品は大半が壺か大皿で、茶碗と急須のような小さな作品は隅の方に数点しかなかった。漆器にしても螺鈿や蒔絵の意匠性や木地の造形には富んでいても、やはり見栄えのする、分かりやすい、展覧会ウケを狙ったものばかりという印象であった。ここ数年、伝統工芸展はほぼ毎年見に行っているが、年々歳々器相似の感が否めない。もっとも会として急進的ではなく漸進的を志向しているのだから無理もないことなのだろうが、これなら来年からもう行かなくてもいいかもしれない。

これだけ書いた後では信じてもらえないだろうが、私は別に権威を否定したい訳ではない。何とかとハサミよろしく、うまく使えれば便利だと思っている。その辺りについては「皇室の食フォーラム」の感想などを交えながら書いていきたいのですが、文字数がかなり嵩んでいるので、今回はこの辺りで区切り、次回に譲ることにする。

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