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映画「プロム」明るく楽しく、そしてすべてはまとまる

 映画「プロム」はネットフリックスオリジナル映画。メリル・ストリープ、ニコール・キッドマンらベテラン俳優たちが、うますぎる踊りと歌を披露するミュージカル映画でもある。ここに元々アリアナ・グランデが加わる予定だったというから驚きだ。

田舎町のレズビアン

 主人公たちは名の知れた舞台俳優だが、近ごろ人気が低迷してきた。その理由は「ナルシストだから」。イメージを改善しようと、彼女らは慈善事業のアクティビストになろうと決める。そこで見つけた手ごろな困っていいる人...それが田舎町に住むレズビアンのエマだった。彼女はレズビアンという理由で問題になり、プロムが開催されなくなったのだった。
 というあらすじから想像できることが、この後の映画で起こっていく。田舎町で村八文にされるエマ、自分たちのイメージ改善のためだけに騒ぎを起こす主人公たち。しかし事態は次第に良い方向に動いていくのだ。

なんだかシュール?

主人公たちは高慢で、「私たちはセレブだから政治家と同じくらいに影響力がある(世界を変えられる)」と豪語する。現実とのギャップが埋められず、それでも事態を好転させようとエマのいる街にやってくるのだ。だからこそホテルでのトロフィーを差し出す一連のやり取りは可笑しく、この映画で一番の笑いどころだ。
 しかし、観ていて違和感を持つ。登場人物たちが空虚で、ギャグがすべてシュールになっているのだ。
 キャラクターは主人公を含め、なかなか深堀されない。一応、離婚歴があるだとか自分もゲイだとか、背景らしきものは示唆されるものの、「そこじゃないだろう」という部分ばかりが描かれていく。
 その代表が、エマの通う学校の校長先生と主人公の恋模様だ。同性愛について描く作品において、ヘテロセクシャルの恋愛を描くことがどれほどまでに重要なのか疑問である。
 また、その時点でエマとその恋人の関係性が急ぎ気味で描かれているだけのため、非常に物足りないところである。主人公の恋愛は余計どころか、むしろ作品中の登場人物が誰も彼も恋愛をしており、恋愛至上主義に陥っているとさえいえる。

歌えば解決、なのか

 ミュージカルなので歌って踊るシーンも多い。照明やダンスのキレ、演出などどこをとっても素晴らしい出来栄えだが、少々渋滞を起こしていたようにも思える。
 いくつか余分に思える曲もあった。トレントがアリーナで歌う場面など何の意味があったのか。それに、エマが彼女と口論する場面では急にやたら明るい曲調が流れるが、これは明らかに場違いであろう。
 そして肝心の分断を乗り越えるシーン。ここはじっくりと説得力を持って描いてほしかった場面だが、歌って解決してしまっている。確かにパワーのある曲ではあったしユーモアもあったが、LGBTQの無理解を解く、重要なシーンなのでもう少し勢いだけではない「何か」が欲しかった。

映画「プロム」の凄み

しかし、こんなに文句を言っても「いいものを観た」と思わせるパワー、凄みがこの映画にはある。あまりにも完璧な演技、ダンス、曲、照明、演出...素晴らしかったところはたくさんあり、その分気になるところも(主にストーリーに)あったということだ。
 LGBTQはいまだ無理解にさらされ、筆者自身もきっとすべてを分かっているわけではないだろう。だからこそこのようなエンパワメントしてくれるような映画が必要なのだ。

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