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006|考える

2月3日(水)犀の角(稽古場)
プロデューサーの茶色さんが稽古場の床をメジャーで測っている。そして稽古場を2つに分けるようにテープを貼った。縦に、斜めに、至るところにテープが貼られていく。いわゆるバミリというやつだ。バミリとは、セットの設置場所や役者の立ち位置にテープを貼り、目印にすること。「ここはこれくらいの高さになるよ」と茶色さんがバミリを元に舞台セットの説明をする。空間が設定された状態で初めての稽古。ここが事務所。ここが台所。ひとつひとつ確認する役者陣。場所が決まり、動線が決まる。動きの制限が生まれたからか、演技の輪郭がはっきりしたように感じた。線を引く。ただそれだけで、またひとつ芝居が練り上げられたように思う。

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(テープを貼る茶色プロデューサー)

2月14日(日)犀の角(稽古場)
稽古場にテープが貼られただけでも、演技って変わるんだよなと思いながら稽古場に到着すると、セットが組まれていた。興奮する心を押さえ、冷静さを装いながら稽古場に入る。大きな台の上でユキ役の永峯克将さん(ミネさん)と、アサヒ役の寺下雅二さん(寺さん)が、芝居を繰り広げる。かっこいい…。素直にそう思った。私が稽古場に顔を出せていない間に、役者陣の演技はどんどん磨きがかかっていた。すごいとかっこいいが心の中で踊り狂う。もっと良い表現はないのかと自分にツッコミを入れるも、素直な言葉しか浮かばなかった。

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(寺下雅二さん/撮影:伊東昌恒さん)

稽古を眺めながら、ふと声を上げて笑ってしまった場面を思い出した。それは娘役の若月彩音さん(まるさん)と母役の田村美央さん(たみさん)が揃って泣く場面。たみさんのコミカルな泣きの演技が笑いを誘った。『貴婦人と泥棒』において、母という役は出番こそ多くはないが、重要で難しい役だと思う。そんなことを思いながら、稽古終わりにたみさんに話を聞いてみた。「娘と貴婦人、3人の距離感を意識しています。コミカルかシリアスかで距離感が変わってくるので」と話すたみさん。それを聞いて母役は貴婦人と娘、3人のバランスを保っている要石なのだと思った。稽古場に通ううちに私は「関係性の中で役は作られていく」ということを教えてもらった。母という役は貴婦人と対峙する時は嫁(あるいは義理の娘)に、そして娘と対峙する時は母になる。そう考えると母という役が持つ他者との関係性は複雑だ。加えてたみさんは「役の心情をここまでしっかり描こうとするのはあまりなかったです」という。母というシンプルに見えて複雑な役、その心情に挑むたみさんを心密かに応援した。

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(田村美央さん/撮影:伊東昌恒さん)

「どうしてこのセリフに抑揚をつけたんだろう」と、その演技に対して疑問が浮かんだ。主人公・ユキが勤める家事代行サービス会社の社長・瀬尾役の舞沢智子さん。彼女の演技がなんとなく気になって、疑問を抱いていた。私は、自分が演技の機微を捉えられてないからそんな疑問を抱くのだと思っていた。そしてそのように『004|上げる』でも書いたと思う。稽古が進むにつれ、舞沢さんへの疑問は浮かばなくなった。私の目が慣れ、役者陣の演技の機微を捉えられるようになってきたのだと思った。でも、舞沢さんに話を聞いてみて、そうではないのだと知った。

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(舞沢智子さん/撮影:伊東昌恒さん)

「役者ってこういうものなのか!って思いました」と笑う舞沢さん。彼女はライブハウスなどで音楽に合わせて即興で踊ったりするインプロヴィゼーションと呼ばれる表現活動を行っている。『貴婦人と泥棒』への出演も犀の角で行われた一坪半劇場で舞沢さんのパフォーマンスを岸さんが見たことがきっかけだったという。「まっさらでいることがいいと思っていたんです。でも『役者は自分で考えるもの』とトウコさんに喝を入れてもらって…。考えていいんだ。自分で考えるのって楽しいって思いました」その言葉を聞いてすとんと腑に落ちた。そうか、まっさらだった舞沢さんの中に、新しく「考える」という核が生まれたんだ。そして私はその核を感じたから疑問を抱かなくなったんだ。「新鮮でおもしろい」と『貴婦人と泥棒』の稽古場を楽しむ舞沢さんがどんな社長を作り上げていくのか、ますます本番が楽しみになってしまった。

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(左:永峯克将さん 右:山﨑到子さん)
(撮影:伊東昌恒さん)

気が付くと本番まで2週間を切っていた。そして私は主人公・ユキを演じるミネさん、そして貴婦人役の山﨑到子さん(トウコさん)と全然話せてないということにも気が付いた。稽古場ではついつい2人の演技を観察し、そこから得た気付きをノートに綴るばかりであまり言葉を交わせていなかった。この日、たみさんと舞沢さんに話を聞いた私は、そのままの勢いでトウコさんとミネさん、それぞれ話を聞き、心躍らせた。というわけで、次回はこの2人について綴りたい。

本日の一言
「感情的なシーンほど段取りをしっかり決めるの」by トウコさん

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新作公演『貴婦人と泥棒』
【作・演出】岸亜弓
【出演】永峯克将|寺下雅二|若月彩音|田村美央|舞沢智子|石榑八真斗|山﨑到子
【会場】犀の角
【スケジュール】
2021年2月27日(土)14時/19時
2月28日(日)11時/16時
※各回開場は開演の30分前
【物語】
家事代行スタッフとして働きはじめたユキは、とある老婦人の家へと派遣されることになる。はじめは彼女の要求が理解できず苦労するユキであったが、次第に心を通わせていく。そんな中、友人であり同僚のアサヒから驚くべき事実が告げられるのであった――

新作公演『貴婦人と泥棒』について詳しくはこちらから


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