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004|上がる

1月24日(日)犀の角(稽古場)
稽古場がある3階に上がると、稽古はもう終盤に差し掛かっていた。アサヒ役の寺下雅二さんとユキとアサヒが勤める家事代行サービス会社の社長・瀬尾役の舞沢智子(まいざわ ともこ)さんが、静かに火花を散らすシーンを演じている。稽古は基本的に演技と岸さんのフィードバックの繰り返しだ。でも、私の目ではまだ役者さんたちの演技の機微が捉えられない。「なぜそんなふうにこのセリフに抑揚をつけたのか」「どうしてその仕草を取り入れたのだろう」なぜとどうしてが脳内を駆け巡る。ぐるぐると考えていると「お客さんを惹きつけて欲しい」という岸さんの言葉が耳に入ってきた。「わちゃわちゃ楽しくやるだけが、お客さんを惹きつけるわけじゃない」そう寺さんと舞沢さんに伝える岸さん。なるほど、お客さんか。私は新しい手がかりを持って、演劇について考え始めた。

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(左:寺下雅二さん右:舞沢智子さん)

「まるさん、すこしお話ししませんか」
この日の出番を終えたまるさんに声をかけてみる。私の提案に快く応じてくれたまるさんこと若月彩音(わかつき あやね)さんは、今回『貴婦人と泥棒』で娘役(貴婦人の孫)を演じる。高校から演劇を始め、その後、上田市に拠点を置く劇団TOKYO BOWZで活動していたそうだ。ちなみにまるさんと茶色さんは10年来の知り合いで、でも一緒に芝居を作るのは初めてとのことらしい。そのことについて茶色さんに聞いてみると「わりと念願な感じ」とニヒヒと笑っていた。

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(若月彩音さん)

まるさんに演技や芝居について尋ねてみる。「最近思うんです」とぽつり。「物語と演出がしっかりしていれば役者なんて誰でもいいのではって……替えが効くんじゃないかって」何が零れたようにぽつぽつと話しをするまるさん。役者の代替性。スタントマンという専門職がある映画ならまだしも、演劇における役者とは唯一無二の存在ではないのだろうか。心の中で首を傾げる。それでもまるさんは「色んな役を演ると知らない私と出会う」と教えてくれた。娘という役を通してまるさんがまだ知らない彼女自身に出会えた時、彼女にしか演じられない娘役が生まれるのではないだろうか。生まれてほしい。そんな願いのような気持ちが心に浮かぶ。そういえば、まるさんは『貴婦人と泥棒』の後、3月末には『あの赤い橋を渡って』(演劇集団 真田CROSS-B)で2人芝居に挑むそうだ。ひと月の間にまるさんの異なる芝居が見られるのかと思うと胸が躍った。

1月28日(水)犀の角(稽古場)
「やぎちゃんは二口さん、はじめまして?」と茶色さんが物腰の柔らかそうな男性を紹介してくれた。二口大学(ふたくち だいがく)さん。年に数回、犀の角の舞台に立たれる役者さんだ。私がお手伝いしている上田映劇でも、二口さんの公演のチラシをよく目にする。タイミングが合わず舞台は拝見したことがなかったが、その印象的な名前は憶えていた。数日前から犀の角に滞在しているという二口さんは、たびたび『貴婦人と泥棒』の稽古場を訪れていたそうだ。私が稽古場に行けなかった日に来ていたと『貴婦人と泥棒』のLINEで知り、会ってみたかったと悔しく思った。役者陣が基礎練習を行っている間、二口さんにお話を聞かせてもらった。

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(二口大学さん/撮影:伊東昌恒さん)

犀の角の代表・荒井洋文(あらい ひろふみ)さんとは大学の先輩・後輩であることや、演劇と映画の違い、上田の街と演劇などの話に花が咲く。しかし、話が盛り上がるに連れて、話しにくさが増していく。ふと気がつくと、役者陣がストレッチから発声練習に切り替えていた。そりゃ話しにくいわけだと納得。わおーん。わおーん。狼の遠吠えのような声が稽古場いっぱいに広がる。その様子にぽかんとしていると、二口さんが「演劇の基礎練習っておもしろいよね」と言った。「なかなか見慣れない光景です」と正直に言うと、基礎練習について丁寧に教えてくださった。基礎練習は基本的に個人作業であることが多いらしい。でも、それを一緒に行うことで身体的な統一感が出るとのこと。気持ちも揃うそうだ。身体的な統一感。噛み砕くように心の中で呟いた。

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基礎練習を終えた役者陣は稽古を始める。前回までの稽古とは、また異なる雰囲気を感じた。「そこまで」と稽古を止める声は、演出の岸さんのものではない。演出補佐の石榑八真斗(いしぐれ やまと)さんのものだ。岸さんの不在。雰囲気が違った理由はそれだった。「(ここのセリフは)お互いトーンが違う方が良いのでは」と、貴婦人役のトウコさんが主人公・ユキ役の永峯さんに言う。トウコさんの言葉を受け、咀嚼するように演技を変えていく永峯さん。その様子を見て二口さんの言葉が脳裏を過ぎる。「すごく話し合ってる。言葉で繋がり、言葉でものを作ろうとしている」この日を含め3度稽古場を訪れている二口さんに役者陣の印象を聞いてみた。確かに皆、言葉を、対話を重ねながら芝居を作ろうとしている。「感情は準備しない方がいい。(私が)上手いことトスを上げるから」とトウコさんがまるさんに声をかける。演技だけじゃなく、対話もトウコさんからトスが上がってるように見える。貴婦人役だからだろうか。それともトウコさんだからだろうか。きっとそのどちらもなのだろう。今はまだ私の目の解像度が足りず、トウコさんが上げたトスしか捕捉できない。でもきっとこれから他の役者さんたちが上げるトスを、そしてそれを他の役者さんたちがどう返したかも見えてくるかもしれない。少しずつ上がっていく解像度とトスを感じながら、私は稽古場を後にした。

「演劇は役者のもの、映像は監督のもの」by 二口さん
(すとんと、胸に落ちた言葉。)

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新作公演『貴婦人と泥棒』
【作・演出】岸亜弓
【出演】永峯克将|寺下雅二|若月彩音|田村美央|舞沢智子|石榑八真斗|山﨑到子
【会場】犀の角
【スケジュール】
2021年2月27日(土)14時/19時
2月28日(日)11時/16時
※各回開場は開演の30分前
【物語】
家事代行スタッフとして働きはじめたユキは、とある老婦人の家へと派遣されることになる。はじめは彼女の要求が理解できず苦労するユキであったが、次第に心を通わせていく。そんな中、友人であり同僚のアサヒから驚くべき事実が告げられるのであった――

新作公演『貴婦人と泥棒』について詳しくはこちらから


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