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日常:優秀論文審査

台湾の年度(アカデミック・イヤー)は9月はじまりなので,年度の切り替わりという感じがないが,いくつか年度末恒例の事務作業をこなした.

きょうは幹事をしている学会研究会の,年度ごとの優秀賞を推薦する文を書いた.
ある程度の規模の学会には,分会や研究会という集まりがある.
「学会出張」などといわれる学会というのは,いわゆる全国大会というもので,一年に一度のお祭というか,観光が半分の目的である.
分会は例えば関西支部というように地域ごとに分かれているものが多い.研究会はというと,関心の近い人が〇〇研究会というのを組織し,年に数回,定期的に集まって議論を行う.英語でいうとSpecial Interest Groupらしい.Special Interesting Groupではない.研究会は全国大会と違って,顔見知りも多いし発表時間も長めなので濃密な議論ができる.

今回優秀賞の選考をしたのはその研究会に寄せられた一年間の論文のなかから,良いものを選ぼうというもの.
内容は明かせないけれど,今回は2本の論文を個人的な候補として,一本を推薦した.

2本のうち一本は論文の完成度が高く,筋の通った論文になっていた.ただテーマが少しありきたりで,十年前からやられている研究という感じもあり,結果も予想通りという感じを抱いた.
もう一本は論文の完成度はやや粗っぽい印象で,推敲や補足説明が必要な部分が見受けられたが,テーマが近年の問題意識を捉えていて,チャレンジングな印象を持った.
迷ったけれど,研究会の賞なので,完成度よりも将来性とテーマの発展性に期待して後者を推薦した.

論文を書くのは難しい

論文を書くというのは,意外と難しい.それは,普通の文と違ってある一定の形式があって,それに沿って書く必要があるからだ.その形式から逸脱すると読者はついていけないし,独善的な印象を与えてしまう.

これは書くひとが賢いかどうか,研究内容が優れているかという話ではなく,「一定の形式」を知っているか,その通りに書いているかというだけの話だ.
だから,論文を書く,となると別の能力というか,別の力の使い方が必要になる.

こればっかりは大学で「アカデミック・ライティング」としてレポート・論文の書き方を学ぶしかないと思う.
私が大学院に在学していたときにも,社会人を経て大学院に来る方がたくさんいた.またネットをみていると,とくに日本酒とかワインとかは,いわゆる在野の研究者として,ライフワークとして自分の興味を論考にまとめている人もいる.とてもおもしろい内容で,バックグラウンドがあるので内容は濃いのだけれど,論文という体裁になっているかというと,そうではない物も多い気がする.

これはとても残念なことだ.なぜかというと,読者が限られてしまうからだ.知り合いに読ませる分にはいいけれど,もっと広く読んで欲しいと言うときには不利だと思う.

端的に言うと,体裁が微妙な論考は引用しづらい.つまり私が次に書く論文で,Aさんはこういうことを言ってました!と紹介するというのができないのだ.
引用するというのは責任が伴うし,「こんな怪しいの引用してるのか」と思われたら,自分の論文そのものの信用にかかわる.だから,良いこと言っているのに,引用できないというものがよくある.

こういう残念な状況をさけるために,大学院生には,体裁を整えて,「言いたいことだけをまっすぐ」書くという論文の基本を何度も指導することになる.
バックグラウンドがあるほど「ちなみに」の情報を書きたくなるが,論文の中心から離れることはグッとこらえて書かないことが重要だ.

論文の書き方は独学できるのか

もちろん,大学に通わなくても論文の書き方は独学で学ぶことができる.そのための本もたくさんある.
論文の書き方』『論文の教室』『論文ゼミナール』などは定番だろう.
特に戸田山先生の『論文の教室』はいい.ごく最近改訂版が出たらしい.納得である.

で,こういう本を読んだら,「そのとおりに書く」.とにかく型にはめて書く.

でも,書けない.よく学生が言う「先生,なにから書けばいいか分かんないです」である.

この質問に対して,定番の答えは「書けるところからとにかく書きなさい」である.これで進む人もいる.この答えの意味は,何本も論文を書くとわかると思う.あるいは具体的な指示として,「まず問題意識を書いて」というように指示をすることもある.

しかし,多くの学生は,書けない.
最近,その理由がわかったような気がする.
「なにから書けばいいか分かんないです」という学生が欲しているのは,

一行目には,「本論文では~~(問題意識)を扱う」って書くんだよ
という答えなのではないだろうか.
「本研究は,何から書けばいいかわからない学生は何に悩んでいるのかという問題を扱う」
というようにである.

つまり論文のテンプレート的な言い回しを知らないから,「問題意識を書いて」と言われても困るのではないかと思っている.まさに手取り足取りである.

で,たとえば「論文の出だし5パターン」が本に書かれているかというと,それは本には書かれない.書けないのだ.なんかそういうの書くのダサいし.
このへんを書いてくれているありがたい本は,たとえば戸田山先生の本.「禁句集」として,「では,~」「そんななか~」などを挙げつつ,使っちゃいけない言葉を教えてくれている.

こういうテンプレートがなかなか本に載らないその理由の一つは,分野によって言い回しが違うからというのがあると思う.書き方の本を買うときには,ぜひ自分の分野に合うものを買った方がいい.世の中には「〇〇学のレポートの書き方」のような本は山ほどある.ただ,それぞれの本がいい本かどうか,どのレベルを対象にしたものかは私にはわからない.
(少なくともこの記事で紹介しているのは,いい本だ.)

分野ごとの決まり文句を知りたければ,自分が書きたい分野の論文をいくつか読んで,見よう見まねをするのが一番だ.
そして,自分でレポートを書いてみて(重要!),指導教員に見せて指導してもらうということになる.

インタネットや書籍である程度の事が学べる時代,大学に通うということの価値は,自分の書いたものを読んでもらってコメントを貰うということにあるといっても良いかもしれない.

参考になる本

先述の戸田山先生の本『論文の教室』は,大学生,はじめて論文を書く大学院生が読むのにとても良い.
佐々木健一先生の『論文ゼミナール』は,学部生のハイレベルな層,大学院生に良い.単なるハウツーではなく研究の組み立て方のような内容まで踏み込まれている.人文系の研究に良い.


高校生の小論文入試,大学1年生,留学生の,いわゆる「日本語の書き方」レベルであれば以下の本が役に立つ.どちらもいい本で,「ワークブック」のほうは私も高校生の時に使っていた.




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