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051 アスリートの記録がどんどん更新される理由 暗黙知(身体知)を向上させる方法

オリンピック種目など、アスリートの記録が次々と更新されていくのを見て、不思議に思ったことはないだろうか

前人未到の記録かと思いきや、10年足らずで破られてしまう

それは、スポーツ科学とナレッジマネジメントの成果だと思うので、今回はそれを論じてみようと思った


身体知の言語化がアスリートの記録更新につながった

身体知とは何か?

次の言葉は羽生結弦が2015年に語ったものである

日本の伝統的な動き、つまり姿勢をブラさずに歩くという動きはスケートに通ずるものがある。そういうなめらかさを出せるようにしたい

羽生結弦(Number880号 2015/06/18)

おそらく、この表現、普通の人でもわかるように表現しているのだろうが、本当の意味は私にはわからない

もしかしたら、一部の人しか意味を理解していないかもしれない

これぞ身体知の世界だと思う

ちなみに、身体知と暗黙知の関係は以下の通り

暗黙知の体系図(筆者作成)

長い間、身体に関する暗黙知は言語化できない領域だった

しかし、1960年代以降、理論が整備され、最近では「スポーツ科学」の発達により、アスリートの身体の使い方は管理可能なものになっている

さて、どのように管理しているのか?

身体的知識を構成する4つの要素(触発化、価値覚、共鳴化、図式化)を説明する

触発化:コツを掴もうと意識する

何事も成長するためには成長したいという意識を持つだけでなく、「コツがあるようだ」「そのコツを身に着けたい」と気付くことが大事

成長しない人の特徴
・何も考えずにただ作業をするだけ
・頭で理解しただけで満足してしまう

例えば、草野球の試合でたまたま特大ホームランが打てたとする

その時、「ん?この感覚何?」「なんでこんなに飛んだんだ?」「なんか気分がよかったぞ」と"うずき"が湧く必要がある

ここで言う"うずき"とは、頭で考えるのではなく、身体の心地よさである

例えば、幼児が飽きずに同じ動作を繰り返すのはなぜか?を考えたら分かるんじゃないかな

これが触発化である

価値覚:動きを評価できる

その後、彼はバッティングセンターに通い、何百発と練習することになった

その際、自覚、無自覚、問わず「あ!これこれ!いい感じ!」「ああ…今のはイマイチだ」という評価をしていると思う

これが価値覚である

我々はとかく頭で覚えようとする

例えば「構えはこうで、右腕はこうして、左腕はこうして、腰はこう使って、体重移動は…」 みたいに

でも、生得的に備わっている価値覚能力を使わずに上達はできない

上達の手掛かりになるものが価値覚なんだよね

共鳴化:流れを掴む

さて彼は、その後もバッティングセンターに通い続け、「自分の体と対話する」ことを続けた

しかし、目指すバッティングにはなかなかたどり着かなかった

部分的にはいい感じでも、全体の流れがぎこちないのである

実は上達するためには、「能動的な共鳴と結合」、つまり、身体を流れとして使うこと(「動感メロディー」と言う場合もある)が必要だけど、彼はそれが出来ていなったのである

動感メロディーについて
スポーツ科学の世界では身体の共鳴・連合を「動感メロディー」と言う
動感メロディーの動感とは、運動をしている時の内面に生じる感覚のことであり、現象学の祖フッサールが用いたキネステーゼの訳語である

その後彼は、ひとりで上達するのは限界があると気づきコーチを付けることにした

コーチの指導もあって、次第に「あ!これこれ!いい感じ!」を再現できるようになった

図式化:コツを掴む

さて、バッティングセンターでしっかり打てるようになった今、果たして彼は試合で活躍できるのか?

残念ながら、難しいだろうね

実際の試合では、ピッチャーによって投げるタイミングも球種も違うし、グラウンドの状況も違うし、得点状況やランナーの状況によって求められるバッティングも変わる

バッティングセンターという単調な練習だけでは、それに対応することは難しい

必要なことは、多少状況が変わっても、思い通りに体を使い、適切な動作ができることである

スポーツ科学の世界で「運動図式」と呼ばれる、要するに「コツ」の取得が求められる

では、どうやってそのコツは取得できるのか?

逆説的だけど「これを超えたらうまく行かない」という能力の適応範囲を見極める必要がある

例えば、実際のバッティングの場合「体重移動のタイミングを取りながら球筋を見る」が出来ないと、タイミングが取れないと思われる

この身体知を獲得するため、彼は投手を相手にしたバッティング練習を行った

その結果、軸足への体重移動をしながら投手の動き観察し、勘を頼りに球種に応じた体重移動のタイミングが取れるようになった

ここまで行けば堂々と「バッティングのコツ(図式化されたコツ)」を掴んだと言える

どうやって知を伝えていくのか?

さて、彼はやっと「バッティングのコツ」を掴むことができた

ところで、そのコツを他者に説明できるだろうか?

もちろんすでに身体図式(コツ)を持っているプロ選手同士なら、長嶋茂雄みたいに「線のように飛んでくる球を面のようにスイングして打つ」「ブーンじゃなくビュッだ」といった表現だって十分に伝わるだろう

でもまだ身体図式を持っていない我々素人には、こんな表現されても、なんのこっちゃ分からない

というわけで誰にでもコツの伝わる方法が求められる

野中郁次郎が提唱したSECIモデル(表出化、連結化、内面化、共同化)はそのひとつである

下のループ図は、野中のSECIモデルと身体的知識を構成する4つの要素(触発化、価値覚、共鳴化、図式化)の関係を現わしたものである

暗黙知(身体知)と形式知の関係図(筆者作成)

対話によって暗黙知を言語化し伝える

暗黙知(身体知)を言語化し、他者にも伝わるようにする方法と言ったら、たぶん対話しかないと思う

次のような対話が有効だと考える

暗黙知を伝える対話手法
①相手が理解するまで、伝え手はいろいろな表現を試みる(表出化)
②聞き手はいろいろな知識との連結し頭の中でモデルを創り上げる(連結化)
③頭の中にモデルができた聞き手は、実際に試してみる(内面化)
④その結果、コツを掴む(共同化)

筆者作成

このようにいったん表出化→連結化→内面化→共同化→繰り返し、のサイクルが出来上がると、サイクルを回せば回すほど、様々な人にコツが伝わるだけでなく、形式知は高度になる

この結果、アスリートの記録は年を追うごとに更新されているのだと考えられる

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