穴の空いた靴下(2話)

平日だから、というわけでもなく、基本的にそこまで忙しくないのが柴田が働く本屋だった。特に午前中は暇を持て余す年配のお客さんがちらほらやって来るくらいである。

美人で、なにより独特な魅力を放つ森野。そんな彼女を目当てに店へ来る客もいる。しかし、彼女は適当にあしらいつつ本を買わさせるという強い女性だった。時折しつこい客が現れるが、それは柴田や店長——今日は午後からの出社だった——が追い払う役目を担っていた。「キャバ嬢とかになったら人気出そうだな」そんなことを考えながら叶わぬ想いに気づけない悲しき男を彼女から引き離す。

レジ前に立ちながら柴田はチラリと腕時計に目をやる。もうすぐ退勤時間だった。人の気配がしたので目線を上げる。大学生くらいの男が今日入荷したマンガを差し出した。

「こちらカバーはおかけいたしますか?」

柴田の問いに、男はなんとか聞き取れるくらいのボリュームで「お願いします」と返す。

「承知いたしました。お先にお会計失礼いたします。ええ、一点で463円でございます。……千円お預りいたします。こちら537円のお返しです」

手際よくカバーを付けてビニール袋へと入れる。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

自分が出せるだけの爽やかさを絞り、男に商品を手渡す。

「柴田くん」

後ろから声をかけられて振り向くと森野がいた。

「上がりでしょ。レジ代わる」
「ああ、ありがと」

レジを離れスタッフルームへ向かう柴田の背中に、何気ない挨拶のように森野が言葉を投げた。

「早く仲直りしなよ」

柴田は事務所へ向かう歩みを止めて森野を見たが、彼女は柴田の視線に気づくこともなくレジにやってきた客を迎え入れていた。

とりあえずタバコが吸いたい。柴田は少し駆け足で店内の奥にあるスタッフルームの扉を開けた。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。