穴の空いた靴下(10話)

柴田の空になったグラスに、倉石がビールを注ぐ。

「あ、すみません。ありがとうございます」
「そんな恐縮しなくて良いよ。まったり飲もう」

そのまま自分のグラスにも注ごうとしていたので、柴田は「僕にもやらせてください」と瓶ビールを受け取り、倉石のグラスへ丁寧に注いだ。

「二人とも何食べる?」と店長はお通しのポテトサラダを出しながら聞いた。倉石はそれを受け取る。

「開店前ですけど大丈夫ですか?」
「もう準備は終わってるからなんでも頼みな」
「ありがとうございます。柴田くんは何か食べたいのある?あと嫌いなものとか」
「嫌いなものは特にないですよ。おすすめは何ですか?」
「ここは焼き鳥が最高に美味しいよ。じゃあ、焼き鳥盛り合わせと店長セレクトで2品もらっていいですか?」
「あいよ。ちょっと待っててな」

店長はカウンター奥の調理場で準備を始める。倉石はタバコに火をつけ、柴田はビールを一口飲んだ。

「やっぱり、三上さんとバンドやってらしたんですね?」
「うん。でも23の時に子供ができて、バンド辞めて就職した。自分一人の人生じゃなくなっちゃったし、相手の親御さんがバンドマンってとこに猛反発してたから。でも、後悔してないけどね」

柴田もタバコに火をつける。二人はゆっくりと煙を吐いた。

「どうして俺が三上とバンド組んでるって思ったの?」
「それは、前に雑誌のインタビューでlochの前に組んでたバンドがあって、そのメンバーの一人が両手に手の骨が浮き出たみたいなタトゥーを入れててカッコイイなと思ってたみたいな話をされてて……」
「あいつカッコイイなんて言ってくれたことないのに」倉石は照れ臭そうにタバコを吸う。
「そりゃあ本人には言わないだろ。圭介は変にプライド高いからな。はいよ、まずは馬刺し」と店長が一品目を差し出してくれた。
「おー、美味そう。突然訪ねたのに本当ありがとうございます」
「良いってことよ。焼き鳥はもうちょい待っててくれ」
「大丈夫です。柴田くんも食べよう」
「はい」

二人はにんにく醤油に付けて口へ運ぶ。

「美味しいですね」
「でしょ?」得意げに倉石は言った。

「バンド辞められた後も仲よかったんですね?」
「そうだね。まぁ、喧嘩別れしたわけじゃないからさ。ただ、最近は互いに忙しくて会えてなくて。無理すりゃ会えなくもなかったんだけど、一生会えないわけでもないし良いかなとか思ってたら……あいつ死にやがるからビックリしたよ」
「そうだったんですね……」
「海外に出張してたタイミングだったから葬式にも顔出せなくてさ。今日まであんまり実感わかなくて。死ぬなんて思ってなかったから、もっと会って話しとけば良かったなとかいろいろ後悔して……あいつの遺影見て涙止まらなかったよ」

倉石の空いたグラスに柴田がビールを注ぐ。「ありがと」と答えて倉石も柴田にビールを注いだ。

「そういえば三上さん、死ぬのは怖くないけど忘れられるのは怖いって、亡くなる二日前にブログに書いてましたね……あれが最後の更新になっちゃいましたけど……」
「死ぬのは怖くないってさ、死なれたら残された奴がキツイってことを分かってないんだよ。あいつは昔から繊細で自己評価が低くてさ。自分の影響力とか考えてないんだよな……柴田くんも、いつでも会えるから良いやなんてスタンスやめときなよ。なにが起こるか分かんないんだから」

柴田は「はい」と小さく答えて、グラスのビールを飲み干し、テーブルへ静かに置く。倉石の言葉は飲み干したビールが喉に染み渡るのと同じように、じんわりと頭の中に広がっていった。

外はすっかり夜になっていた。駅前は帰路に就こうとする人たちで溢れている。

「今日は付き合わせちゃってごめんね。でも俺は色々と話せて楽しかったよ」
「僕もです。こういうことってあるんだなって……ご飯もごちそうさまでした。ありがとうございます」
「ははは、気にしなくて良いよ。よかったらまた呑みに行こう」
「ぜひ、またいろんな話がしたいです」
「うん。それじゃあ気をつけて。またね」
「はい。お疲れ様です」

柴田は倉石に頭を下げて改札を抜けていく。駅のホームに着くとスマートフォンを取り出してアドレス帳を開いた。土岐綾奈の電話番号を選択し、左耳に当てがう。呼び出し中のコール音が聞こえてきた。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。