穴の空いた靴下(最終話)

左耳に鳴り響く何度目かのコール音の後に「留守番電話サービスに接続します。発信音の後に三分以内に伝言をどうぞ」というメッセージが聞こえてきた。

「もしもし、俺だけど。もう一回ちゃんと話したい。うやむやなのも嫌だから。伝言聞いたら連絡下さい。待ってます」

柴田は電話を切って、スマートフォンにイヤホンを繋ぐ。lochの一番好きなアルバムを再生してポケットにしまう。柴田の顔をライトで照らしながらホームに電車がやってきた。帰宅時間のせいか車内は混み合っていた。

バイト先に置いていた自転車を取りに最寄駅の一駅手前で降りた。アルバムは最後の曲が終わり、ポケットからスマートフォンを取り出す。通知は何も来ていないことを確認して、小さくため息をついた。イヤホンを外して歩き始める。

5分ほど歩いてバイト先へとたどり着くと、裏口に周りタバコに火をつける。都心と比べて静かで暗い街だということにあらためて気づかされる。空に向かって煙を吐くと星が見える。

タバコを吸い終わり自転車に乗って帰ろうとしているとスマートフォンが震え始めた。慌てて取り出すと、画面には土岐綾奈の名前が表示されていた。

「もしもし……」
「留守電、聞いた」
「ああ……連絡返してくれてありがとう」
「今から会える?私もちゃんと話したいから」
「わかった。今どこ?」
「さっき家に着いたところ」
「家に行こうか?」
「うん、じゃあそれでお願い」

「すぐ行く」と電話を切り、自転車にまたがって駆け出した。

土岐の家はバイト先から自転車で15分くらいの住宅街にある5階建てのマンションだった。入り口の壁にある番号キーに土岐の部屋番号を打ち込む。

「……はい」
「俺だけど」
「今開ける」

入り口のガラス扉が開くと、柴田は小走りで中へと入っていく。土岐の部屋は2階だったのでエレベーターを通り過ぎて階段を駆け上がる。201号室は階段を上がった左側にある角部屋だった。息を整えて、部屋の前に立ち、インターホンを押す。数秒たった後に土岐がドアを開けて出てくる。黒いパーカーに灰色のショートパンツという部屋着姿だった。

「久しぶり……だな」
「うん……。とりあえず入りなよ」

柴田は「お邪魔します」と小さくつぶやいて玄関で靴を脱ぐ。土岐は短い廊下を歩いて部屋のドアを開けようとしていた。振り向くと柴田は玄関で立ち止まって下を向いていた。

「どうしたの?」
「靴下……」
「え?」
「……穴空いてた」

土岐は柴田の元へと戻り足元に目をやる。黒い靴下の右中指に小さな穴が空いていた。

「あのさー、真面目な話をするんじゃないの?……靴下くらいちゃんとしたの履いてきてよ」
「全くもって格好つかないね……」

土岐は再び柴田の靴下に目をやると、小さく笑いだした。柴田もつられて笑ってしまう。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。