穴の空いた靴下(序章)

登場人物
柴田 弘幸(21)大学生。一人暮らし。
倉石 礼二(40)会社員。既婚者。
坂木 孝平(36)柴田が働くバイト先の店長。バツイチ
土岐 綾奈(21)柴田の彼女。
三上 圭介(40)ロックバンド「loch(ロッホ)」のギターリスト。1ヶ月前に死去。

分厚い遮光カーテンが、朝になっても薄暗さを保っていた。7畳そこそこの細長い部屋。片側の壁はテレビを挟むように低い棚が並べてあった。テレビの前には黒いローテーブルと小さな座椅子。テーブルの上にはパソコンと昨夜飲んだ缶チューハイが2本置かれていた。

座椅子の真横に敷かれた布団の中で、柴田弘幸はスマホのアラームを止めては寝るという行為を繰り返していた。時刻は8時30分を過ぎた頃だった。何度目かのアラームでようやくスマホを手にして時刻を確認する。今日は9時からバイトのシフトを入れていたのだ。

ことの深刻さにようやく気づき、飛び上がるように布団から出て、クローゼットから黒い細身のスラックスとインナー、白いシャツに靴下を引っ張り出す。寝巻きがわりのTシャツとハーフパンツを脱ぎ捨てて、流れるように着替えを済まして洗面所へ向かった。

浴びるように顔に水をかけて雑に髭を剃り歯を磨く。髪にワックスをつけて整え再び部屋へと戻ると、腕時計をつけてPASMOと財布を使い古したトートバッグに投げ入れる。

クローゼットから取り出した黒いジャケットを羽織り玄関へ滑り込み靴を履こうとする間際、ふと思い出したようにキッチンへ目をやりタバコとライターをジャケットの内ポケットへ突っ込んだ。玄関脇の壁にかかっている自転車と部屋の鍵を手にして二階から滑り落ちるように階段を下る。そして、階段脇の自転車置き場から、ディスカウントショップで購入した特筆すべき点のない黒いママチャリを取り出し、バイト先へ駆け出していった。この間およそ15分。セットした髪型は自転車の勢いでみるみる崩れていく。

職場に着いてからセットすべきだったなと、柴田は急ぐ身体に反して妙に冷静な頭の中で思った。

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