穴の空いた靴下(8話)

ポツポツと降る雨の中、柴田はタバコを吸いながら喫煙所にいる男を盗み見る。タバコを持つ男の左手には皮を破って浮き出たような骨を模したタトゥー。献花台の前で見た時から、柴田はそのタトゥーが気になっていた。印象的なのはもちろんだが、そのタトゥーをしている男の存在を過去に聞いたことがあるからだった。

「おいくつですか?」

男が唐突に訪ねてきたので、柴田は盗み見していたことがバレたのかと動揺する。目が合うと男は微笑んだ。

「あ……僕ですよね?21歳です……」
「ごめん、ごめん。初対面なのに年齢なんか聞くのも失礼だよね」
「いや……大丈夫ですよ」
「会場に若い子がそんなにいなかったし気になってね。いくつなんだろうって」
「あ、そうだったんですね」
「いつからファンなの?」
「えーと、中学の時からですかね……ちょうど『憂鬱』がリリースされた頃だと」
「そっかー。だいぶ前からなんだね。中学生でloch聴いてるなんて良い趣味してると思うよ」

男は優しげな笑顔を柴田に向ける。「ありがとうございます」と答えて柴田は軽く頭を下げる。

「さっきからごめんね。変なこと聞いちゃって」
「いえ、そんなことないですよ。えーと……」
「あ、名前も名乗らずごめんね。倉石礼二っていいます」
「僕は柴田弘幸といいます。倉石さんはいつから?」
「俺は……別に古株を気取るわけじゃないんだけど、一応メジャーデビュー前からかな……」少し長めに煙を吐いて倉石は答えた。

「……間違っていたらすみません」
「ん?」
「昔、三上さんがライブのMCで、lochの元になったバンドがあってそっちでデビューを目指してたけど叶わなかったって言ってて……その時のメンバーだったりしませんか?」
「そうだよって言ったら信じる?」

倉石は再び微笑んで、煙を吐く。二人はタバコを灰皿に押し付けて火を消していると、会場から出てきた一人の男が喫煙所に入ってきた。

「柴田くん、初対面でこんな誘いもなんだけど、もしよかったら軽く呑まない?」
「あ、ぜひ!」
「よかったー。じゃあ行こうか。近くに行きつけの居酒屋があるんだ」

いつのまにか雨は止み、雲間からオレンジ色の光がこぼれていた。柴田は倉石に続いて会場を後にした。外へ出て一度振り返り、会場に向かって二人は頭を下げる。そこに三上の遺骨があるわけではなかった。けれど、柴田にとって——と同時に多くのファンにとって——三上の死を受け止めるための場所はこの会場だけだった。

「ありがとうございました」柴田は心の中で感謝を告げる。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。