穴の空いた靴下(1話)

柴田のバイト先は、家から自転車で10分ほどの大通りに面した本屋だった。

ただ、今日は自己タイ記録をマークした。5月24日。夏が近づいてきたような気がしていたが少し肌寒い日だった。それでも、大急ぎで向かった結果、背中は少しぬめっとした気持ちの悪さを感じていた。

自転車置場に着いて腕時計に目をやる。8時54分。ギリギリセーフ、と心の中で呟いた。裏口から入り、スタッフルームにあるタブレット端末のタイムカードを切る。ロッカーにトートバッグとジャケットを仕舞い、青いエプロンを着けながら店内へと向かう。

「おはようございます」
店内には2人のスタッフがすでに仕事を始めていた。今日は入荷日なので品出しがあるのだ。

「おはよー。柴田くんギリギリだね」
柴田のことが気に入っているのか、たまに漬物やらサラダやらを分けてくれるパートの勝田が微笑みかける。高校生になる息子は反抗期らしく、持て余した愛情を柴田に注いでいるのかもしれない。

「起きたら家出る30分前だったんすよ。焦りました」
柴田は新刊の入ったダンボールからいくつか本を取り、平台に並べていく。集めている漫画の発売日だったことを思い出した。
「よく間に合ったねー。朝ご飯食べたの?」
「食べる時間はなかったですね。でも今日は昼までなんで大丈夫ですよ」
「若いんだからちゃんと食べて栄養摂りなさいよー」
「気をつけまーす」
新刊を並べつつ、発売してから時間が経ったものは別の棚へと移していく。

開店まで15分弱。棚の埃をよくある市販の手持ちモップで掃除していると、柴田と同じく大学生のバイトである森野が話しかけてきた。肩にかかるくらいの茶色い髪は今時の女子大生という感じだが、精神年齢は35歳くらいなんじゃないかと柴田は時々思うことがある。どこか達観しているような、冷めているような、そんなタイプの女性だった。

「相変わらず勝田さんのお気に入りですな」
柴田たちとは離れた場所にいる勝田には聞こえないボリュームだった。
「おかげさまで」
「なんか今日はちゃんとしてるじゃん。デート?」
「ちゃんとしてるってなに?」
「髭剃ってるし、髪もワックス付けてるでしょ」
「あぁ……てか、髭は2日に1回くらい剃ってるから」
「バイトの日は毎回剃れよ。で、デート?」
「違うって」
「またケンカしてんの?さっさと謝りなさいよ。どうせ10:0であんたに非があるんでしょ」
「プライベートな質問はお答えできません」
「はぁ?」
虫でも殺すような目を柴田に向けて森野は別の棚を掃除しに行った。10:0か……あながち間違いではない森野の指摘を打ち消すように、深く息を吸った。

この文章をお読みになられているということは、最後まで投稿内容に目を通してくださったのですね。ありがとうございます。これからも頑張って投稿します。今後とも、あなたの心のヒモ「ファジーネーブル」をどうぞよろしくお願いします。