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生活と私


カフェオレよりも、ミルクティーが飲みたくなった。季節が変わって、暖かな陽気が流れ込んだからだろうか。やさしい香りとほのかな甘さのミルクティーが飲みたくなった。 

ミルクパンに牛乳を注いで、火をかける。
ミルクパン、というのは、あの美味しいパンではない。牛乳を温めるための小鍋のことをそう呼ぶのだと、私は最近始めて知った。
ミルクパンで温めた牛乳は、すぐにクツクツと揺れ出して、ほかほかになって、レンジで温めるのよりもずっとゆっくり冷えていく。

こういうのが、つまり、「影響」ってやつなんだわ、とティーパックをホットミルクの中に垂らしながら思う。
つまり、こういう、わざわざミルクパンで牛乳を温めるような、丁寧な生活を好きになってしまっているところが、私がおばあちゃんから受けている影響なのである。

おばあちゃんは、亡くなる本当の直前まで、こじんまりとした平家で一人暮らしていた。それは本人のたっての希望だったけれど、やっぱり発見が遅れたことをお父さんはずっと悔やんでいた。
それでまぁ、遺品整理で私のところはやってきたのがこのミルクパンなわけだ。
使ってみると、懐かしい味がした。鍋ひとつでそんな、と思うけれど、本当にそれはおばあちゃんの作る温かなホットミルクそのものだった。

おばあちゃんの暮らしが、私の暮らしになって、私はやっぱり思う。間違えではなかったって。
おばあちゃんは、寂しくなんてなかったのだ。寂しかったとしても、その寂しさを越えて、やっぱり小さな台所でミルクパンで沸かしたミルクを飲む幸せの方を選んでいたんだって。
それで、私もきっと、おばあちゃんと同じことをするだろうって。

お父さんには、もしかすると、やっぱり難しいかもしれない。だけど、孫の私には、わかるよ、おばあちゃん。幸せは、自分にだって一つずつ作っていけるんだって。

柔らかな日差しが窓から入り込んで、テーブルの木目を照らす。おばあちゃんが昔してくれたように、コースターをしいて、ことりとマグカップを置いた。


『カフェで読む物語』は、毎週金日更新です。
よかったら他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに☕️




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