見出し画像

醒めないコーヒー



むせ返るような濃いコーヒーの香りをわざと胸いっぱいに吸い込んだ。
引き立ての豆がドリップされるその間、私はテーブルで彼の手を見つめている。
細い指と巻き爪、白い肌。

思わず灰皿を引き寄せて、タバコに火をつける。
肺の中で、コーヒーとタバコが混ざる。
ぐるぐるぐるぐる。
クラクラしそう。


「灯里(あかり)さん、大丈夫?」

薄い唇が、ほのかに微笑みたたえて喋る。
やめてよ、わかってるくせに。

「濃くして」

「え?」

「コーヒー。思い切り濃いやつにして」

目を覚したいの、とタバコを咥えたまま呟く。
そんなことしても意味ないってわかっているけど。

「胃に悪いよ。弱いでしょう」

少し遠慮がちに言う、この男のことを私は諦められない。
どうしてそんなこと、覚えていてくれるのか。勘弁してほしい。


「あなたが好きみたい」

そう伝えたのは、もはや半年前。
彼は驚いた顔をしてみせたけど、しっかり黒いエプロンで濡れた手を拭いてからコーヒー豆に触れた。
「勘違いですよ。貴女みたいなキレイな方が、私を好きだなんて」


それからずっとこの男のことが憎らしいのに、憎めなくて。
週末にコーヒーの香りがないと寂しくてどうしようもなくなってしまう。
精神がすり減っていくことを感じながら、私はそれでももっと求めてしまう。


コトッ


テーブルに置かれた小さなコップと、黒々しいエスプレッソ。
苦いと分かっているのに、ほしくなる。
これを飲んでも、目なんて醒めない。
むしろもっとずっと深く眠ってしまうかもしれない。

それでもーー

鼻からぬけるコーヒーの香り、舌に残る苦味、カフェインが体に巡る感覚。
ふっと息をつく。
私はすっかり依存症だ。


あぁ、どうしようもない。
私が彼に近づくのは、この不思議な飲み物を通してだけなのだ。


『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったらマガジンから他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに🌸


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?