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Darling Again


「お願いだから、拒まないで」

そう呟いて、僕は彼女の身をぐっと引き寄せた。
彼女はとっさに両手を二人の間に滑り込ませて距離を取る。

「十和……」

そう呟いて、その肩に顔を埋めた。

「ちょっと!もうそんな関係じゃないでしょ」


僕の吐息から逃げ出そうと身をよじらせる彼女。
でも、僕は離さない。
苦しい。悲しい。痛い。
こんなに辛いんだから、少しくらいわがままになっていいだろ。

「十和」

もう一度、名前を呼ぶ。
もう何度も何度も読んできた名前。
口にするたびに、愛を込めてきた。

「慰めてよ、十和」

ぐっと腕に力を込める。
彼女の髪から、ほんのり甘い、フレグランスの香りがした。

「もぅっ、本当に勝手なんだから……っ」

怒りながら、突っ張っていた腕の力をわずかに弱める彼女。
そのほんの一瞬を、僕は逃さない。
十和のアゴをぐっと持ち上げて、口を塞ぐ。
柔らかい、ぷっくりとした唇。
どんな風に、どんな角度で重ねればいいかも、分かっている。 



彼女と別れてから、ずっとずっとこの気持ちを隠したまま、上司と部下として毎日顔を合わせてきた。
テキパキと僕に指示を出す彼女の顔はいつだって美しかったけれど、僕はまた僕の腕の中で目覚める眠たそうな表情を見たかった。


これからが仕事盛りで、大した成果を見せられないまま、最愛の父が死んだことはショックだった。
それでも心のどこかで思ったことは確実だ。

ーーこれならきっと、彼女は心配してくれる。

上司としてではなく、元恋人として僕を気遣ってくれるだろう。
その時が、狙い目だと。

十和の体は数年前と変わらず、柔らかくて小さい。
彼女は優しさから僕を拒めないし、流されてくれるだろう。
それに、彼女に快楽を与える方法はもうとっくにこの身体に染みついている。

十和、十和、十和、十和……

何度も念じるうちに、いつの間にかの声に出ていた。

見下ろした彼女は、まだその瞳に少し戸惑いを浮かべているのに、それでも手を伸ばして僕の頬を包んだ。
そして、手の甲でそっと頬をなぞる。
付き合っていた頃によくそうしていた。
それから、そう、僕の耳の後ろの髪を手ですいてクシャッと軽く揉むのだ。

僕は彼女を見下ろして泣いていた。
彼女はそっと腕に力を込めて、僕を引き寄せる。
その胸に抱き留められて、懐かしい香りを吸い込んだ。
僕の髪をなでながら、彼女は何も言わなかった。
こういう時、たくさん考えているのに、無責任なことが言えないと黙ってしまうのが彼女なのだ。
もしまだ恋人同士だったら、「大丈夫」と痛みを分け合ってくれただろうか。
それでもなお、この懐かしい甘い香りで胸を満たせたことが、僕は嬉しかった。
僕はずっと、彼女にわがままを言って、受け入れられたかったのだ。

「十…和……」

絞り出した声に、彼女は僕の背中をさすった。

「今日はもう眠って」

子供をあやすように、とんとんと背中を叩く。
そう言えば夜は眠るものだ。

音もない、夜のことだった。



『カフェで読む物語』は、毎週土曜日更新です。
よかったらマガジンから他のお話も読んでみてね!
次週もお楽しみに🌸
※今週は更新忘れのため、日曜日になってしまいました💦すみません!



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