手折らぬ、花よ
「うん、そうなんだよね……」
声のトーンを落とした悲しげな横顔に、僕ははっとした。
さっきまで、花が咲いたみたいに笑っていたのに。
僕の一言で、その花を無造作に摘み取ってしまったような気がして、すごく焦った。
言葉に窮する僕に、彼女は、また弱々しく笑って、
「あ、でも大丈夫だよ。連絡はとってるし。結果なんて、すぐには出ないから。やるだけやってみるよ」
移動する先輩から、100件以上の顧客リストを引き継いだという彼女。ただでさえ、忙しく働いているのは知っていたのに、「タケシとはなかなか会えないんじゃないの?」なんて、聞くんじゃなかった。
学生時代から、僕は二人を見てきた。
だから、二人の時間は知らなくても、お互いがお互いの前でどんな風に笑うのかは知っている。
三人で過ごす学生時代も過ぎ、それから僕は家業の花屋を継ぎ、彼女は地元のベンチャー企業に入り、タケシも大手企業に就職した。
次世代型企業の職場環境も、大手企業に転勤があることも、最初からわかっていたことだった。
『切り花が萎れてきたらね』
いつか、花屋に立つ母が教えてくれたこと。
『花瓶の水を変えて、茎を水切りしてね。そして、日の当たる、少し風のある場所に連れ出してあげてね』
そんなことを思い出すけれど、僕の花瓶は空っぽなのだ。
「ねぇ、大丈夫だよ?これまでも大丈夫だったんだもん。これからも絶対に大丈夫」
そうやって、僕を励ますように彼女はやさしい声をだす。
風に吹かれても、しなやかに揺れて流してみせる野の花のようだ。
きっと茎を手折られても、また太陽へ伸びていく。
僕の花瓶は空のままでいいんだ。
君の残像を持ち帰ってしまないように……
「そうだね」
野の花は、ただそこに咲いているのを愛でるのがいい。だってきっと、そこで咲いている姿が一番眩しいのだから。
☕️『カフェで読む物語』シリーズ
2.3分で読める、小さなお話。 例えば、カフェでコーヒーが出るまでの待ち時間に読んでもらいたい、ワンシーン小説です。 ちょっと1話、読んでいきませんか?
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