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【短篇】リビングデッド

健康診断に行ったら、脈拍が止まっていると診断された。

「機械の故障だとは思いますが、そうでない場合、あなたは既に亡くなっていると思われます」と医者が言う。
僕は適当に相槌を打ちながら、めちゃめちゃ自信のないケンシロウみたいだな、とぼんやり思った。ちなみに『北斗の拳』を読んだことはない。
とりあえず後日に再診断を受けることにして、病院を出た。

帰りの電車に揺られながら、診断結果について少し考える。
十中八九機械の故障か誤作動なんだろうけど、それにしても健康診断の結果が「死亡」っていうのはウケるな。健康の対極じゃん。

しかし、もし本当に自分が死んでいたらどうなるんだろう、とも思う。
もう就職も決まり、一人暮らしを始めるべくアパートも契約してしまった。それって自分が死んだら……というか”死んでいたら”、どうすればいいんだろう。どう連絡すればいいんだ。

会社への電話を想像してみる。

「お世話になっております。4月に入社予定の○○です。はい、お世話になっております。すみません、先日健康診断を受けまして、その結果についてのご連絡というかご報告なんですけれども、はい。あの……結果が少し特殊というか何と言いますか。私の結果がですね、心臓が止まっている?みたいな、……いえ、不整脈とかじゃなく、完全に心停止していると診断を受けまして。ああ、もちろん機械のミスだか誤作動だとは思うんですが、一応ご報告です。はい、はい、その病院で再検査することになりました。ですので、健康診断の結果ですが、もうしばらく時間がかかってしまうかと思います。ご迷惑おかけします……」

やっぱり、真顔で連絡できる気がしないな。
シュールで、つい笑ってしまいそうだ。


各停の電車に乗ったので、最寄り駅まではかなり時間がかかる。
平日の昼間らしく車内は空いており、3月の穏やかな日差しが僕の背中を温めている。眠ってしまいそうだ。

眠る、といえば、僕はこれからどんな気持ちで眠ればいいのだろう。
今までは自分が生きていると確信していたから、なんの憂慮もなく布団に入ることができていた。しかし、自分の生存が……この場合は「脅かされている」?それとも単に「怪しい」?でいいのか?
まあなんにせよ、自分が生きているか疑わしい状況の中、意識を手放すというのはかなりの勇気が必要になってくると思う。壊れた機械の電源を落とすようなものだ。再起動できる保証はない。

機械は充電ケーブルを繋いだままであればしばらく動作するが、僕は残念ながら人間だ。活動限界というものがあり、やがては眠ってしまうことになる。どんなに頑張っても、あと12時間以上動いていられる自信はない。

もし目覚めなかったらどうしよう。

というか、どうしようもないのだが。


でも、これでよかったのかもしれない。
死の間際の苦痛を感じることもなく、文字通り”眠るように死ぬ”ことができるのであれば、これもまた良い死に方といえるだろう。……多分。

手首に指を当ててみる。脈動は感じられない。


最寄り駅に着いた。
朝食を抜いていたので、とても腹が減っている。難しいことを考えるのはやめて、ラーメンでも食べに行こう。最後の昼食だ。せめて好きなものを食べようじゃないか。

僕は電車を降りると、改札を抜けて繁華街の雑踏へ消えていった。


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