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絵事常々 -制作のながれ③ 転写材料-

こんにちは。
なかなかに私事で描けなかった6・7月に加え、
流行り病に罹患した8月はまぁ描けませんでした。
療養中に調子が良い時はnoteに取り組んでいましたが、なにせ外出できないものでアトリエに行けず。
こういう時は自宅兼アトリエの方が強いですね。

さて、描き進めている制作の方は各所に下塗りが施されつつある状況です。

背景の空に墨を引いた後


note投稿はその後をよちよち歩きで追っかけていきます。
これまでの「制作のながれ」はこちら2記事。


今回はパネルに紙を張った後の「転写」についてご紹介します。



1.転写とは

「転写」とは読んで字の如く、「写す(転すうつす)」ことです。
絵画の場合ですと、描いた図像を別のものに写し取ることを指します。

似たような工程に「トレース」もありますが、こちらは「なぞる」。
自分の描いた図像や、はたまた写真・他の図柄の上に薄手のなにがしかをかぶせてなぞることで写し取ります。
アナログならば、薄紙やフィルムやトレーシングペーパーなどを使って。
デジタルならばレイヤーを重ねて、ですね。

トレースと転写


転写:描いた図像を別の対象に写し取ること(複写)
トレース:対象物からなぞり、写し取ること(敷き写し)


2.転写紙について

さて転写紙ですが、主だったものは以下のとおり。

①カーボン紙
②チャコペーパー紙
③念紙(簡易的なもの)
④念紙(本格的なもの)

左からカーボン紙、簡易念紙(木炭・白パステル)、本格念紙です


①カーボン紙

事務用品でもお見掛けする「カーボン紙」です。
特徴としては「消えにくい」でしょうか。
カーボンブラックが転写インクになりますので、触っただけでは汚れない点もポイントです。黒だけでなく白・赤・青など展開されているようです。


サイズは主にA4サイズが、大判ですとA3もあります。
私は大学の時に購入したプラスチックカーボン紙を使用しており
繰り返し使えすぎて、新しいものを買うタイミングは訪れません。

このカーボン紙、絵画制作の点でクセものなのは、
転写したラインがやや水気をはじくところです。

薄塗りかつ水気たっぷり・手数少ない作品の場合は不向きです。
転写したラインが塗りつぶされず残ってしまうから。
そんな方は後述の「チャコペーパー」か「念紙」です。


②チャコペーパー

略称「チャコペ」。
こちらは画材屋・手芸屋さんに置かれています。
これもカーボン紙の一種ではありますが、特徴は「水で消える」点です。
滑石やカオリンの微粉末を油脂で練り固めてあり、
顔料を混ぜることで水色・白・赤・黄・緑など展開されています。

先ほどのカーボン紙よりも薄手でして、大きめサイズがあります。
カーボン紙は下に敷いた紙が全く見えなくなりますが、
チャコペーパーは薄いため、ある程度透けて見えるのもポイントです。
繰り返し使えますが、カーボン紙よりは消費早いです。


「水で消える」という点ですが、
修正が効く・手直しができるというメリット
簡単に消えてしまうというデメリットを併せ持ちます。

すこし話は逸れますが、社寺修復の仕事をしていた頃
他社さんで現場の転写にチャコペを使用したところ
翌日おもむいたら消えていたそうで…

社寺現場には湿度が非常に高いところがあり、湿気でチャコペのラインが消えてしまったんですね。
いやもう、どんな怪談話よりも怖いです。
数人が1日かけて写したラインが翌朝消えているんですよ。
まずもって笑えない。

ここまで極端な例も珍しいかとは思いますし、
転写したラインが目立たないように使い古したチャコペで薄く転写することが結構あるので、そのせいかとも思いますが、
それでも、湿度高めの現場作業では使うまいと固く誓いました。

※通常の作業で自然に消えてしまうことはまずないと思います
 
社寺修復でもチャコペ大活躍です。

ちなみに「チャコペーパー」はチャコペーパー株式会社の登録商標であるため布用複写紙が一般名詞として適切なようです。


③・④念紙ねんし

簡易的なものと本格的なものをご紹介する前に、
まず念紙とは日本画用語での「転写紙・複写紙」のことです。
和紙と顔料を用いて自分で作れるというのが大きな特徴。

使用する和紙は、薄くて柔らかさがあるものが適しています。
機械で漉かれたものや厚手のものは、転写の際に圧力がうまくかけられず転写しづらいので不向きです。
だいたい「薄美濃うすみの」と呼ばれる主原料がこうぞの和紙を使用します。(楮は繊維が長く丈夫で柔らかい)

さて、自分で作れる念紙の最大のメリットは2つ。
「大判サイズにできる」「好きな色で作れる」
カーボン紙など既製の品は、やはりサイズや色が決まっています。
だがしかし、念紙は自分で好きな色・サイズ作りたい放題。

作り方の基本的な考え方は「紙に顔料を弱くつける」ことです。
これだけ守れば大丈夫。
それでは簡易・本格それぞれ見てまいりましょう。


念紙(簡易的なもの)

簡易的に作るとなると、身の回りにある顔料(色粉)をつけるのみで済ませたいものです。
そこで使うのは鉛筆や木炭・パステルといった筆記タイプの画材。
使う画材のポイントは「柔らかい」こと。
鉛筆でしたら2Bぐらいの柔らかさがほしいところ。
硬い鉛筆やパステルは色がのせにくく転写されづらいので注意。
あとは汚れやすい粉じゃないか確認したうえで、お好きな色にして下さい。

【作り方】
A:紙全体をぬりつぶし、転写紙とする
B:転写もととなる図の裏面をぬりつぶし、転写紙仕立てにする

木炭やパステルなどをぬりつけるだけなので、手で触れば粉がつきます。
いい塩梅にフィキサチーフ(スプレー糊)を吹き付ければ、あるいは!とも思いますがやってみたことないのでなんとも。

小さなサイズでしたらば、和紙でなくコピー紙やクッキングシートでも代用可能です(厳密に言うとその場合は念紙ではなくなりますが)

簡易的なものでもある程度繰り返し使えます。


念紙(本格的なもの)

本格的な、と言うと大それた感じがします。
簡易版と何が違うのかというと「顔料を練って塗る」、それに尽きます。
手間はそれなりにかかりますが、大きなサイズで繰り返し安定して使えるものが作れます。

せっかくなのでそんな念紙(本格ver)の作り方をご紹介です。

念紙いろいろ
「黄土上汁」はおそらく土絵具、黒茶はおそらく染料タイプ


3.念紙(本格ver)の作り方

用意するもの

・和紙 → ドーサ引きしていない、薄手で柔らかいもの(薄美濃紙など)
・好きな色の顔料 → 水干絵具や胡粉、墨の粉末など
・弱い接着剤(展色剤) → 安価な日本酒や膠
・乳鉢・乳棒
・刷毛

和紙
和紙はドーサ引き(滲み止め)していない、生の紙を用意します。
ドーサ引きはきちんと絵具を定着させるためのものなので、転写用には逆に向いていません。
私が作った時は画材屋さんで「薄美濃紙の生、菊判サイズ(636×939㎜)」を5枚ほど買いました。
※和紙は実際の大きさとサイズ名称が統一されていない場合があるので要注意です

顔料
よく技法書で推薦されているのは「天然土系絵具」の水干絵具です。
ややこしいのですが水干すいひ絵具には、
自然の土を精製したものと、染料を胡粉等に染め付けたものがありまして。
技法書はだいたい土佐派や狩野派の指南書ベースだったりするので
時代的に「天然土系絵具」の朱土、本たいしゃ、弁柄などが使用されており、それの紹介が多いです。

染料染め付けタイプは念紙にした後も粉が落ちやすい(本紙を汚しやすい)と聞きますが、私の経験でいくと、顔料の選択はそこまでかっちりしなくても…と思っています。
欲しい色でやれば良いよ、たぶんやりようよと。

学生の時に授業で初めて作ったのは藍色でしたが、溶きにくいだけで特に問題なく使えました。
ただなんとなく土絵具の方が扱い良い気もしています。

あと大事なのは絵具の値段ですね。
結構大量に使用するので、元が安価な水干絵具といえども価格は気にしてしまうところです。

ちなみに古法でいくと「消炭を粉末にする」「茄子の木の炭や瓢箪の炭が良い」などあります。むやみにときめきます。


弱い接着剤(展色剤)
さて、念紙を作る際の最重要ポイントはここです。
「弱い接着剤」と、なんとも奥歯にものが詰まったような言い方をしていますが、要はしっかり定着させてはいかんのです。
転写するためには色粉が落ちないといけないから。

そのために選ばれた材料とは、じゃじゃん「日本酒」です。

糖度が高く、そしてあんまり高くないもの(もったいないから)がちょうど念紙作りに適しています。
別段、日本酒の製法にはこだわりませぬ。
学生の時は「鬼ごろし」でやりました(正式なメーカー覚えていませんが、たぶん日本盛さんのです)

とはいえ日本酒好きな私としましては、念紙に使うのは作り手さんに悪い気が…と思い、膠でやってみました。(上記画像の念紙)
水100gに対して膠1gの膠水で。

通常の制作を膠10gから始めて、最後の方でも5g程度の濃度でいきますので、まぁ1gなら弱いかなぁと。
しかし絵具を練っている最中に「これは強いな」と焦りまして
膠水→水→膠水…とあたふたしたので、結局膠なら0.5g以下がせめて良いかな、結局はお酒がちょうど良いんじゃない?となった次第です。

水である程度練ってから膠水でのばすという方法も聞いたことがあります。


作り方

①顔料を練る
②和紙の裏面に①を塗る
③余分な粉を払う

作り方はシンプル、上記の3ステップです。
むしろ個人的には③をやらずに2ステップ。
細かく見て参りましょう。

①顔料を練る

お好きな色を選んだら、それをお酒あるいは膠水で練っていきます。
たっぷり塗りますのである程度の量が必要。
菊判サイズ(636×939㎜)を5枚ですと、8両(15gが1両)必要でしたのでおおよそ1枚塗るのに2両弱いります。

水干絵具の練り方は後日書きますが、ポイントはあまりしゃばしゃばにしないことです。
刷毛で塗れるけれど紙にたっぷりのせられる程度の粘度、指につけた時に指紋が見てとれるギリギリの粘度なイメージです。

②和紙に塗る

練ってしまえばもう後は塗るだけに等しい。
練るのが大変なんですよね。

ポイントは「だぶだぶとたっぷり塗ること」「裏面に塗ること」。
和紙の表面は裏面よりつるっとしてまして、こちらに塗ってしまうと定着してしまう可能性が高いです。
あくまでも定着させない。
たっぷり塗り終わったら乾くのを待ちます。


③余分な粉を払う

乾いたのちに余分な粉をとってしまいます。
転写の際の圧でとれる粉が必要なのであって、何にもしなくてもハラハラ落ちる粉は必要ないのです。

その粉の払い方ですが、新聞紙に②の和紙をのせて新聞紙ごと端から優しく細かく包むように揉みこんでいきます。
それをビニール袋にいれまして、バッサバッサとシェイク。
※汚れても良い場所でやりましょう

これで余分な粉がとれて完成です。
最後けっこう荒っぽいでしょう。


補足

この最後の「粉を払う」工程ですが、先ほど言いましたように私は端折ってます。
なぜなら揉んだ紙はクシャクシャで、転写する時ガタつくから。

「え、でも粉がハラハラして色々汚さない?」と思われるでしょうが、
意外とそんなでもない。
このあたりは接着力の調整だと思われます。

レシピをきちんと作らないとうまくいかないようであれば、接着濃度を割り出していますが、なんとなくで結構いい感じです。
周囲の制作者も揉まない派がいるのでそんなもんなのでしょう。

ただし、すごく繊細な作品(厚塗りしない、洗ったりできない)に使用する場合は、汚れたら目もあてられないでしょうから注意が必要です。




まさかの転写紙についてで5000字近くなってしまったので、今回はこのあたりで引き揚げます…
転写工程まで書くつもりでしたが後日投稿で。
長文癖がぬけませんが、書きたいことがあるのだもの。

次回は転写工程をあっさりと!

最後まで読んで頂きありがとうございました。
それではまた次回の投稿で。


楽しみのままに書いていることばかりですが、何かしら響きました時や励ましなどのサポート、ありがたく頂戴しております。いただいたご縁を大切、よりよい創作・交流にはげんでまいります(*’∀’)