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芙蓉雑詠帳【己亥元年】

【初詠ー立春迄】

松明けて匂い目出度き小豆哉
焔舞い拝むとんどの注連飾り
藪入や焚かぬ竈の静寂哉
火鉢寄せ御會始の温みかな
口明けの仏と餅を分かちけり
春待ちて二十日団子の草香り
苦味こそ款冬華茶の間かな
筆先に達磨招きし初大師
幾何学の目白押しけりかじけ鳥
道行きの初地蔵こそ箕一つ
鷽替えの木偶も遠くに巣立ちけり
父臥せし寒の水やら咳一つ
   白瀬隊を祝ふ
雪原や大和迎えし知らせ哉
影法師浮かむ水仙なほ白し
裸木や温むこも巻き目を細む
苦味こそ苳の一吹き香りけり
凍蝶や寒嵐吹きける浮き世哉
一粒の浅蜊頼もし夕餉かな
君待ちて白息一つ通学路
雪だより鍋の葱やら気もそぞろ
    忠臣蔵
雪しぐれ本所の屍眠りをり
寒晴や乗り合い待ちて君の笑み
    日本橋
初午の豆くゆり満つ稲荷かな
狐狸啜り油揚げはむ福参り
初午や息をぞ休めける稲荷
     節分
鬼は外ひそりと響く夜更け哉
福は内はぐれるれた子らと瞼閉じ
寒月や弾みし先の豆ひとつ

【春】

風声や立春大吉木戸の音
東風吹くや御髪くすぐり百合鴎
春の雨扇を返し晴れ間かな
うらゝかや雀の羽音淀みなく
鶯の惜しまず蕾はむ日かな
啄んで命宿りし初音かな
赤煉瓦つと風吹いて春の服
裾広げ春装交わる四辻かな
おぼろげに豆腐を一つ針供養
淡雪や縮む蕾の紅ほのか
君の下駄かたびら雪を踏んでみる
   紀元節を祝ふ
太平雪紀元の祝い紅盛り
潮風に天の鳥見る絵踏かな
   ワーグナー翁
蝋管の椿匂ふや楽劇忌
餌をはむ河烏もまたチヨコ色
戻り路面影なくて春の雪
玉椿分け入る野路の温みかな
春北風温んだ頬を攫いけり
伸び上がり溜息一つ猫の恋
つと指を天気図這わし冴えかへり
落款印一つ白紙の梅見かな
引鴨の家路を示す茜かな
肩濡れて添ふる手ぬくき春の雨
    鳴雪さま
蛤に句を吐かせたり鳴雪忌
長風呂のわたくし一人蜆汁
    句会「梅」
軒先に梅一輪の迎えかな
瓦斯燈の照らす梅花や夜の雨
白梅の一輪流るる雲一つ
うらゝかや尾道濡れて石畳
春暁や憂き世知らせる木戸の音
  はやぶさ2に捧ぐ
はやぶさや春月遠き未知の星
彼の星を掴めと春の月光り
季節なき竜宮眺むる春の月
靴墨の擦る手や霞む鐘の音
   梅花祭野点
白粉の尚白さかな梅茶湯
庭椿赤や白より照る緑
  句会「風光る」
白鳩の行く路風の光かな
芝浦の賑わう船や風光る
風光る活字の先の小川かな
    素数
伊勢参五十鈴鳴らすや二柱
春雨や雲も月日も通り過ぎ
寄り添ひて百歳雛の白髪かな
雛あられ着慣れぬ袖の一つまみ
雑踏の蒲公英一つ待ちぼうけ
土濡れて我が世の春と鼓草
石朽ちて藤菜一輪慎ましく
木の床の軋む市電の長閑かな
蒲公英や揺れて眺むる車坂
うらゝかやふみ書き終へて朝の空
梔子の匂い流るる小川かな
初雷や碁盤の街の桂馬跳ね
筆洗ふ指先水の温みかな
北窓を開きて切手踊りけり
見上げればおかめ桜の瞳かな
御坂山抜けて桃咲く常世かな
夭桃や君の笑窪も甘く染む
胡葱のだんだら時を刻みけり
墨垂れや一句授かる目借時
  句会「ふらここ」
ふらここの席譲り合ふ雀かな
鞦韆や頬に感ずる海の町
ブランコの校舎に伸びる影ふたつ
初蝶や慣れぬ花壇の通学路
人はみな花見虱の虱かな
仏前の甘く誘う彼岸かな
うらゝかや知覧のみどり湯に兆し
首長く萌葱の日待つ春の庭
菩提寺に耳慣れ雀の彼岸かな
潮風に緑散るなり桜餅
口福の春満つるなり桜餅
葉脈のぷつりとぷつり桜餅
内気なるおかめ桜の産毛生ふ
カチューシャの飾りを添へし落花かな
サクラバナ眺むる国の海や川
伊達堀や開けて武士の花宴
桜雲や浅草登りて巴里眺む
桜咲く昨夜の朔や更に咲く
行く人も時代も衣更へにけり
濡れ髪の赤子の如き木の芽かな
花咲くやポップコーンの飛ぶ如く
散切りの頭に落つる辛夷かな
入学や身丈ほどある夢せおひ
巣燕の泣きてしづまる鎮守かな
灌佛や甘露に浸す筆の先
弁慶も見得を切りたる落花かな
息吸へば石畳濃く花の雨
落つる日や帰雁の束の顧みず
花の雨カフェー燻らす水の音
雁行けば月代見ゆる日本橋
笛鳴れば流氷割るる海の底
初虹の兆す校舎や高き声
夏近き肌着扇ぐや風呂の染み
進学に花一輪の決意かな
見上げればもう一羽居り木の芽雨
若蘆の一番槍と水出づる
春惜しむピヤノの粒の降りしきぬ
春惜しむ珈琲残して空の席
いかなごの鋭き命箸を置き
衣染むギンポ女将の忙しなく
食わせぬと澄ました顔や菜種河豚
春暮るる茜の影や準備室
花蘇芳といふ赤飯を鳥の食み
君の編む浜簪やこそばゆし
幼子の蟻つつきしや招魂祭
牡丹百合きみの手のひら包みたり
花山椒小さく吾を攻めよがし
石滲む傘止太夫は鈍の空
濡れ髪や八十八夜の白き湯気
往ぬる月巡り会ひたる弥生かな
主なき庭にも桜は咲ひけり
人知れず橋姫添ふや沈丁花
嫁入りの無垢の白さや春の雨
土濡れて殊更強き春日かな
風光る千鳥ヶ淵の小舟かな
号令の下りて春の雪去りぬ
春装やたすき掛けなる人の群れ
赤れんが撫づる磯香や春の服
泥道の日なたにつらつら椿あり
蔵書印褪せ紅梅の蕾みけり
洋燈の中の温みや春の雨
石畳濡つる街の朝うらら
梅の香や玄関口の靴揃ふ
春暁の外側にある小路かな
瓦斯燈や梅香を焦がす煤の色
初午の幟にかほる酢飯かな
春月の遥けき未知の星にをり
洋燈の中の温みや春の雨
石畳濡つる街の朝うらら
梅の香や玄関口の靴揃ふ
春暁の外側にある小路かな
瓦斯燈や梅香を焦がす煤の色
初午の幟にかほる酢飯かな
春月の遥けき未知の星にをり
蒲公英や馬車鉄道の音の跡
春眠や木床の軋む二等席
初雷や賽の目駆くる馬車の音
影ふたつある教室や菊若葉
郵便の絶へたる庭の桜かな
赤錆の鞦韆伝ふ潮香かな
桜雲や巴里を眺むる十二階

【夏】

     寿
寿ぐや白き牡丹のやはらかく
竹の子に抜かれし朝や草の露
三社祭木遣の声の歩みたり
たをやけし膨らむ頬や白団扇
清らけし羽音すなり団扇撒
梅雨なれや書庫の半歩の音しづか
照り映えし小満といふ深き色
夏シャツや乱れて蕎麦の音すなり
ラムネをば童女のやうに覗きをり
青霄を氷菓子にて食したり
舟歌や青き蕤賓流れをり
鈴蘭の年長未子と並びをり
短夜やヴラド・ツェペシュの魅かれたる
滴るや女吸血鬼カーミラ
涼しさや遠き屋形の河東節
  第十二回「俳樂會」
石段をそっと歩きて梅雨の入り
文急かす音もなき世の蚊遣かな
髪洗ふ一束ほどの過去を捨て
夏シャツや茜に染むる書架の影
閉じれども瞼の閉じぬ白夜かな
   句会後夜
夏帯の解け耽たる句会かな
夜明かしや瞼の閉じぬソーダ水
短夜やせなの温みの心地よく
  字題『衣』答練十句
風といふ風透き通す単衣かな
駆ける子や脱ぎ散らかして蛇の衣
神の世も四季のあるなり御衣祭
踵上げ背伸びしてみる浴衣かな
誇りたる白き衣笠草の胸
母の背の小さくなりて薫衣香
風清く絽の孕みたる衣桁かな
夏衣行き逢ふ袖の白と白
雨だれや衣かへして籠枕
更衣くすぐる風のぎこちなく
大矢数眺むる文字の果てしなく
苗並ぶ芒種の水の丸を描き
雨紫花や黄色い傘の誇らしく
紫陽花のブーケに触るる新婦かな
濡れるほど役者になりて四葩の花
刺繍花つゆ拭う指やはらかく
アジサイの零るるほどに天の海
掛け声や千貫神輿の弾みたる
雲誘ふ白き菖蒲のなほ白く
夏川の帽子抑ふる潮気かな
硝子戸の蛍火淡く散りにけり
麦星や鹿鳴館の煌々と
梅の実の色よりなほ爽やぐ香よ
茅の輪組む鳥居に夏の服を着せ
まどろみや背を預けたる夕端居
麦星やかうかうと照る深き潮
行く傘やひるがほの咲く通学路
緋目高の背中ほどある鞄かな
短夜や儚き虫の恋の音
髪洗ふ静けき日々を呼ぶ虫よ
夕端居遠けき汽車の明日へ発ち
   信長忌ー連句
明易し炎火を纏ふ本能寺
短夜の鬨消ゆる焔かな 桔梗の花の短世となり
実るほど瓜の黄色の萎みたる 帰京叶はじ露弾く弦 
夏至の日や音遠かりし日向雨
河骨の影ほど強き黄色かな
河骨の全てを水に預けたり
影濃かり萍映す水の色
萍の雨音ばかり先に立ち
睡蓮の浮かむ磨り硝子のやうに
   モーツアルト乱詠7句
林鐘の慈雨降る四季や小夜曲
明易や背筋伸びたる蓄音機
五線譜の伊独日英サンドレス
親戚の集ひて唱ふ夏念仏
鶯音入る蓄音機滲みたる
サリエリの震へし指や虎が雨
夕立やカーテンコールのやうに
夕立や馬車鉄道の音高き
鰹にも弱きものありはたゝ神
夕立や仕舞ふ小判のしとどなり
四阿の遠きを眺む菖蒲かな
鳩さへも鳴かずにをりて梅雨の月
高嶺やサマードレスの靡きたる
お千度の稚児行く顔や半夏生
酸脚の踏みしむ靴や神輿草
風に色塗るアイリスの絵筆かな
七夕の雨にも傘の閉じたまま
眼鏡の跡残りをり昼寝人
鬼灯の熟るほど青の濃かりけり
木漏れ日や微かに浴びる紫外線
参道のやや色付きて草の市
撞木打つ鐘に茜の急ぎたる(連歌付句)
迎火の寄り合う五分の御魂かな
冷房の音色異なる国にをり
草いきれ踏みしむ足の影となり
ただ一句詠めぬ眼や夜短し
送り火のぼうっと手振る童かな
送り火や白木の闇に溶ける迄
送り火の頼りなき都に住んでをり
鷹羽遣ひを習ふや学習帳
扇ぐもの無き身を憂へ油照
照り梅雨の去年偲びて氷菓子
喰ふといふ生照らしたる火串かな
照月や麦熟れ星の幽かなる
田水引く鏡の国や雲迅し
たなうらの絵皿となりて木下闇
ガーベラや髪結ふをとめ側に立ち
たなすゑの散楽ふ潮や夏の海
甲乙の先にあるもの夏休み
迷信と言ふ名の滋味や土用入
朝露や櫓太鼓の音すなり
たなうらの菓子に拝みて地蔵盆
首筋の細きを落つるラムネかな
雪渓の刻みし間氷期を生きぬ
黒鉛の紙削る音や夜の秋
水流るトマトの命を守るごと
頬触るる木床静けき昼寝かな
鳥肌も火照りも詠みて文月暮る
八朔や忘れ久しき街にをり
匂ひにも喧騒ありてビヤホール
宝石を研ぐ水のごと瓜冷す

【秋】

七夕や祈りの文字流星のごと
七夕の触れ合ふ枝や渡月橋
七夕の枝垂れるほどに人の世は言葉に満ちて風攫ひけり
痩せぎすの雀啄み今朝の秋
木霊するヒグラシ鏡の国にをり
身体ほど頬膨らませ稲雀
届くこと無き手を伸ばし星月夜
ボロボロのサンダルひとつ秋の海
蜩やピアニッシモを解す如く
人影の波間に消えて秋の海
思ひ出の引き潮となり秋の海
教室のすぐそこにあり盆休み
声枯れるほどの日々あり盆休み
人類の音に蝉の声も負け
草臥れた秋の扇の音すなり
機械さへ厭う日もあり熱帯夜
夏負けや素麺啜る音もせず
ひぐらしや鏡の森にかなかなと虚実見分ける術もなき声
霧深し小径の先に待つ人よ
夕霧に夕餉の香も混ざりけり
烏には見えるものあり霧襖
白線のなき四辻かな霧の街
朝霧や行先のなき市電過ぐ
辞書のごと重き瞼や夜半の秋
鋼鉄の吐く溜息や鉄道草
綿取や赤子の指を握るごと
白露を拭ひ煌めく葡萄かな
秋蝉の黙する釣瓶落しかな
秋されや万葉集を解く女
とんぼ玉眺むるをとめ露の秋
観月や雲居に消ゆる足手影
やはらかき葉脈透くや秋日射
秋草の軈て朽ちたる匂ひかな
添ふ指の恥ぢらふ秋の袷かな
吐く息の細く相撲の始まりぬ
神様の木戸も閉づるや銀杏の実
街灯の無き往還や曼珠沙華
甘栗の抜け殻軽き三時半
おほかみも書斎に居りて銀杏の実
手づつなる吾を見上ぐる甘栗のあはむる顔や抜け殻軽し
しづしづと石畳縫ふ秋の雨
秋をしむ白煙細き陸蒸気
煤けたる銀の器やライスカレー
秋の日や傘立て蕾む二三本
虫の音の探り探りて颱風裡
柿の実の若さのままに朽ちにけり
曳船や水音細き菊の宿
提灯の裏側にある夜寒かな
夜を寒み図書館の灯の煙りたり
香台の若き香りや菊供養
秋旻や実験室の色薄し
雨音や夕餉静けき予報円   創作季語(予報円:仲秋)
秋深き明治の音や銀時計
うら枯や帽子ゆきかふ喫茶店
古書街の匂ひや色なき風の触る

【立冬ー大晦日迄】

無花果の丸く馬匹の音すなり
山茶花の垣根隔つる琴の音
茶人帽洗ひて一茶忌の過ぎぬ
時雨るゝや革手袋の交ふる路
長靴の裏に朽葉の残りけり
狐火や瓦斯燈消ゆる香の静か
狐火や高尾太夫の下駄の音
子狸のそろりと覗く垣根かな
竈猫ぺたりと今日を残しをり
図書室の静かにクリスマスの去りぬ

【続】


平素よりご支援頂きまして誠にありがとう存じます。賜りましたご支援は今後の文芸活動に活用させて頂きたく存じます。