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10年前に作ったふすべ餅が、友達の家の正月料理になった話

 私の地元には、ふすべ餅という食べ物がある。みなさん、ご存知だろうか。同じ町内でも知らない人もいるので、食べられている範囲はとても狭いのかもしれない。

 ふすべ餅は、ごぼうをすりおろし(この作業が意外と大変)、鶏肉と一緒に炒め鶏ガラスープで煮込み、醤油・酒・みりんで味付けし、七味を振ったスープの様なものに、お餅を入れて食べる、お酒の肴にピッタリの餅料理である。元々はドジョウで出汁をとっていたらしいけれど、最近ではドジョウが手に入りにくいこと、手間がかかることから鶏肉に代わっている。お正月には毎年作る、我が家の定番メニューである。(地元は餅料理が有名で、餅料理だけでお正月のお膳を作り、神様へお供えしたりもしているので、バラエティーに富んだメニューが色々あるのだ。)

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 10年ほど前まで働いていた旅行会社で、新潟で年越しをするツアーを行っていたことがあった。宿泊先は農家民宿で、お正月には杵と臼を使って餅つきをする日程を組んでいた。お餅と言えば定番のあんこやきなこ等のメニュー。でもせっかくなので、この変わり種のふすべ餅も作り、お客さんに振る舞ったのだ。これが意外と好評で甘いものが苦手な方にも受け、珍しさもあってかあっという間に完食となった。みんな食べてくれて良かったな、そう思いながらツアーは終わり、その後会社を離れた私は新潟でふすべ餅を作ったこともすっかり忘れていた。

 数年前、その時の旅行会社の先輩が立ち上げた別の旅行会社のモニターツアーへ参加したことがあった。そのツアー中、他の参加者の方から、「餅の人ですか?」と不意に話しかけられた。ん?餅の人?なんのこと?頭の中がクエスチョンマークでいっぱいになった。「新潟の農家民宿の年越しツアーで、ふすべ餅を食べたの。前にいたスタッフの人が教えてくれたって。今は定番で、毎年宿の方が作っているんですよ。」そう伝えられて、驚いた。

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 たった1回だけ、新潟の農家民宿で作ったふすべ餅が、どうやら私がその旅行会社を辞めた後も、宿の方が毎年作ってくれていたらしいのだ。そして、東北出身の前のスタッフの子が教えてくれた、と説明をしてくれているらしい。東北出身の元旅行会社スタッフ、と言う繋がりで、「餅の人ですか?」の話になったのだ。巡り合わせって、本当に驚いてしまう。それと同時に、私がいなくなっても料理が残って、色々な人に広がって行くことに、少しばかり感動もしたのだ。

 そして先週、「餅の人ですか?」と聞いてくれた彼女から、久し振りに連絡が来た。「今年のお正月にふすべ餅つくったよー」と写真を添えて。

 私が新潟で作ったふすべ餅を、宿の人が作り続けてそれを彼女が食べて思い出の味になって、そして彼女のお家のお正月の餅料理になった。「私たちにふすべ餅の美味しい記憶を作ってくれたのはいくちゃんです。」そんな言葉が続き、不意に泣きそうになった。私の仕事も、少しは意味があったのかな、と。

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 旅行の主役はお客さんだから、旅行会社スタッフは黒子でいい、私はそう思って仕事をしていたし、今でも基本そうだと思っている。だけど、こんな風に繋がっている様子を目の当たりにすると、そればかりでなくても良いのかも、とも思ってしまう。

 今年のお正月は母の一周忌で餅料理を作らなかったので、昨日久し振りに、自分の為にふすべ餅を作った。故郷を離れた今、思い出の郷土の味だ。今度は引っ越してきた新しい土地で、懐かしい味も思い出しながら、新しい仕事を進めて行ければ、と今は思っている。見栄えはあんまり良くないけれど、とても美味しいふすべ餅からの、回り回ったそんなお話し。

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