母の膵臓がん闘病記録7
母が7年前の2017年に膵臓がんと診断され
この世を去りました。
その時の闘病記録です。
2017年4月12日の記録です
昨日、長男夫婦と母が入院している病院へ行く前に
母に病状や余命などの話を伝えるかどうかの相談をした
私は、残り1ヶ月というのは
酷なことだと思うので
もう伝えなくてもいいんじゃないかと思ってた
ただ、長男も、お嫁ちゃんも
伝えた方がケアしやすいのではないかとの判断だった
お嫁ちゃんは病院で働いてた管理栄養士さんということもあり
終末期を迎えた患者さん、そして家族のことも見てきた経験からも
そう思ったようだった
これから痛みがひどくなったり、容態が良くならなかったりすると
本人も疑心暗鬼になる
それなら、しっかり伝えて本人も納得しておいた方がいい
それに、残された時間でやりたいこと
やっておきたいこと、思い残すことのないように
してあげた方がいいんじゃないかと。
そして、主治医と相談して
主治医から伝えてもらいました。
先生曰く、1ヶ月というのはあまりにも短いので
数ヶ月というお話をしてくれた
ゆっくりと、ひとつひとつ、
母が理解するまで向き合ってくださったのが印象的で、
すごくいい先生だった
これでよかったんだよね。
気丈な母なので、それほど取り乱すことなく、
落ち着いて聞いてたが
告知されてすぐは
一人で気持ちを整理したいから
みんな帰ってくれる?と言われた
きっとその日の夜は
いろいろ考えたんだよね
私が余命を母に伝えたくなかったのは
私自身が母のことを見るのが辛かったからかもしれない。
告知して、母の姿をみて
家に戻ってきてからそう思った。。。
主治医からの告知から翌日
母は本当のところどういう心境なのかわからない
病院へ行きましたが
精神的には落ち着いている様子だった
今の痛みから解放されたい
その一心なのかもしれない
腰の痛みがひどいようで
もともと腰痛持ちだけど
その痛みではないと
きっとガンの痛み
父は喉頭癌で
最後は本当に辛そうだった
ガンが発覚する前から
頭痛持ちだったこともあったのか
痛みを常時訴えてた
緩和ケア、痛みをなくすというけれど
実際にはどこまで痛みを抑えることができるだろう
痛みというのは主観的なもの
それだけに母本人の痛みは母にしかわからない
鎖骨のあたりに貼る、麻薬シール
そして、座薬を入れてもらっても
収まることはなかった
病室にいる間、ずっと背中や腰をさすっていた
気持ちいい
痛い
この言葉を繰り返す母。
お嫁ちゃんが孫ちゃんを連れてお見舞いにきてくれたが
それでも気が紛れたのは一瞬だけだった
それほど痛い・・・ようだ
痛みだけを和らげてあげたい
どうにかならないのかな・・・と
思うばかり
みてるのもつらい
でも、母の方がもっともっと辛い
人生の最後に
どうしてこんなに辛い思いをしないといけないんだろうか
残酷だよね