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グレーゾーンを生きることを考えてみた

塩出 真央

今回、書評をさせていただく本は、2022年10月に風鳴舎より刊行されました『グレーゾーンの歩き方 発達障がい・グレーゾーンの世界を理解する本』です。この本は、発達障がいの人が経験している日常を理解するための本です。これまでの発達障がいに関する本は、専門家目線の病態説明書が多いようですが、本書は、ご本人の視点から、その時の気持ちや困りごとがまとめられているのが特徴です。


著者・監修者紹介

著者 成沢 真介(なりさわ しんすけ)

元特別支援学校教諭。荘子とH.D.ソローに影響を受ける。日本児童文学者協会にて丘修三氏より児童文学を学ぶ。30年に渡る療育の経験からたくさんの発達障がいの子どもたちと出会う。児童書「ADHDおっちょこちょいのハリー」「ジヘーショーのバナやん」(少年写真新聞社)の他、「先生、ぼくら、しょうがいじなん?」(現代書館)、「虹の生徒たち」(講談社)、「生きづらさを抱えた子の本当の発達」(風鳴舎)など著書多数。文部科学大臣表彰、日本支援教育実践学会研究奨励賞兵庫教育大学奨励賞を受賞。

監修者 瀧 靖之(たき やすゆき)

東北大学加齢医学研究所臨床加齢医学研究分野教授。東北大学スマート・エイジング学際重点研究センター副センタ―長。脳のMRI画像を用いたデータベースを作成し、脳の発達のメカニズムを明らかにする研究者として活躍。読影や解析をした脳MRIは16万人に上る。「脳医学の先生、頭がよくなる科学的な方法を教えて下さい」共著(日経BP)、「回想脳 脳が健康でいられる大切な習慣」(青春出版社)、講談社の動く図鑑MOVEシリーズなど著書多数。

成沢先生の人柄

著者の成沢先生は僕の恩師です。成沢先生に初めてお会いしたのは、高校に入学した時でした。僕には先天性の脳性まひがありますが、義務教育の9年間は普通学級で過ごしました。高校からは大人の事情、「高校の階段問題」に阻まれ養護学校に進むことになります(第2回連載)。

義務教育の9年間は、困ることがあれば助けてくれる友だちがいたので、高校に入っても同じような生活が続き、軽音楽部や文芸部といった部活や、文化祭で青春を謳歌できるものと思っていました。しかし、自宅から5分もしないところに全県学区で非常にオープンな県立高校があったのに、その高校に受け入れてもらうことはできず、毎週月曜日になったら、2時間くらい朝早く起きて、学校へ行き、平日5日間は寄宿舎での集団生活をしなければなりませんでした。本当に苦痛でした。結果的には自分でできることが増えたわけですから、感謝しなければなりませんが、当時は苦痛でしかありませんでした。ホームシックといった単純な言葉では片付けられないような感情だったと思います。皆さんはご経験あるでしょうか。

成沢先生は私の担任ではなかったけれど、進学を拒絶された落胆から抜け出せない僕を呼び止めてくれました。あれは確か、ゴールデンウィークが明けたばかりの登校日だったと思います。

誰もいない教室で二人きりになった時、成沢先生はこう言ったのです。

塩出君、僕もこの学校には来たくなかったんだ。私は、発達障がいの専門家だよ。長崎に勉強に出向いたり、余暇のすべてを発達障がいの理解に費やしてきた。発達障がいへの理解が深まるように、そういう視点が社会に広がるように、私がどれだけ尽力してきたか。現場に立って生徒と接することで道をつくってきた自負があるけど、だけど、現場はここじゃなかったんだよ

と。

それで、僕はこう言ったのです。


「でも、先生、我慢しなくちゃいけないんでしょ」


「そうだよな」

もう一度先生をみると、成沢先生は養護学校の先生の顔に戻ってた。その後、お互いがんばろうと握手をしたのを覚えています。

あの時からだいぶ時間が経って、近頃先生とお会いした時、先生は「僕は人に怒ることができないんだよ」と言ってましたね。だけど、養護学校のあの時は、僕に言わせれば十分怒ってたよ、先生。口に出しては言わなかったけど(笑)。

不条理を噛み締めてるのは僕だけじゃないと思えた先生の顔。ああいう体験の教育効果って大きいと思うよ、先生。

成沢先生は、興味のあること以外はおそらく無頓着でファンキー。もう少し食事に気を遣って長生きして、まだまだいい仕事をしてほしいです。
先生、期待してるよ。

グレーゾーンを生きるということ

この本を読んで、僕は自分自身が 《時計のない公園》 にいることを再確認しました。

薄々気づいてはいたものの、《やっちまった火山》 以外の特性は思い当たる節がありすぎて、不安が募り、怖くなるほどでした。自分のことは自分が一番知っていると思ったけれど、そうでもないということを改めて考えさせられました。そんな風に自分のグレーゾーンと向き合う本、この本はそんな位置付けの本だと思います。

再確認と言ったらどこか不自然かもしれませんが、母は、僕が《時計のない公園》にいることを認識しています。それがグレーゾーンの特性だということを理解しているかどうかはわかりませんが。でも、親は子の特性や個性を理解して受けとめるだけで十分だろうから、まぁ、いっか。「親の気も知らないで」って怒られそうだけど(笑)。

母はこういうのです。「あんたの体内時計は壊れてる。壊れてないのはお腹が空く感覚時計だけ。それだけはきっちりしてる。宝塚のこども園に通っていた時から『真央君は将来時計の概念がなくて困ります』って先生方に言われたけど、しょーもないことは覚えてたり、没頭したり。もっと肝心なことがあるでしょうが」。

そうです、僕は普通の人にとっては肝心なことが全く気にならないし、それらを上手に片付けたり、無難に付き合っていくことが苦手です。多分、私はグレーゾーンを生きているのです。

そして、僕はこう返すのです。その没頭のおかげで今がある、と。毎回言い返したいところですが、怒っても仕方ないですし、母が言うことは間違いではないので、開き直って終わりです。

ただ、前にも書いた通り、本の前半にあるチェックリストや脳との関連で生じる機能障害については、当てはまりすぎて不安が募り、怖くなるほどでした。僕自身は、自分に起きていることの原因がわかったことで安心できるタイプではなかったようです。ただ、本の後半ではモヤモヤが晴れていったように思います。

具体的にいうと、後半の旅のガイドとしてまとめられた部分です。僕の納得は、自分の言葉で簡潔にまとめると、自分に合った職業を選ぶ、自分の思いを発信する、開き直る、強みを見つける、ということだと思いました。ただし、これは私自身の見解で、こういった納得の仕方やその方向性は、読んだ人の数だけあると思います。

発達障害夫とカサンドラ妻 

パートナーとのコミュニケーション

とはいえ、この本の後半にある旅のガイドは、前半の発達障がいの細かな特性の部分に比べるとちょっと分量も少なく、僕のようなタイプの人にとっては、旅のガイド部分にもう少し厚みが欲しいと感じました。僕は、両親によく「大丈夫だから」といってしまいますが、「大丈夫、大丈夫なんてすぐ開き直るけど、あんたの大丈夫は一番大丈夫じゃない」なんて返されます。でも実は、こういった楽観的性格は母親譲りでもあるのだけど、彼女が、その天性の楽観的性格を磨きまくって、揺るがない強さを身につけてきたのは、僕を育てる歴史が育んだものであることも知っています。

グレーゾーンを生きるということは、その家族や、サポートしてくれる人たちを巻き込んでいくことでもあるのです。

人は一人では生きられないし、できれば一緒に歩く人が欲しいと考えるのは自然なこと。

僕にはまだ配偶者はいませんが、一歩踏み出すことにはためらいがあります。それはやはり、大人になった現在でも、少なからず母や父といった身近な人たちを巻き込んでいるという自覚があるからです。

たとえば、発達障害をもつ男性の配偶者はカサンドラ症候群になることが多いといいます。全てのカップルがそうだとは言えませんが、二人の関係を良好に維持することが難しくなった場合のリアルや、その対処法などを垣間見ることができたら、ガイド部分の具体性はより充実したのではないかと思います。

私のように、診断はされてはいないけれども、この本で紹介されているような特徴を有する男性は多いのではないでしょうか。女性側も、結婚という形をとったとしたら、家庭をかえりみないような共感性が低いグレーゾーンパートナーとうまくやろう、支えよう...と一生懸命になりやすいでしょう。少なからず、女性にはそういう「優しい」対応を求める社会でもありますから。

自分自身の発達障がいっぽさを理解することは、コミュニケーションが絶対的に大事な夫婦関係には大切なことだと思います。世の中の男性のみなさん、そしてカサンドラ妻かも?と思う女性の皆さん、生活を共にするパートナーさんとのコミュニケーションを振り返り、相手を大切にするという意味でも、一度手にとって読んでみてください。きっと何かがみつかると思います。

画:塩出真央


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