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農作物に囲まれながら考えてみた  <作業所ファームの日常>

塩出真央

前向きにケ・セラ・セラ

私は今、笠岡市神島にある就労継続支援作業所B型で利用者として週5毎日働いています。午前中は、室内でフルーツキャップを半分に折る作業と事務作業を中心に作業しています。ちなみに、僕の作業所ではフルーツキャップのことを“フルーツネット”と言います。いったい誰が言い出したのか七不思議のひとつです。あっ七つもないか。

フルーツネットに関するものだけでも、たくさんの作業があります。フルーツネットを半分に折る作業。次が、その半分に折ったものを五つにまとめて輪ゴムできれいに止める作業。次が、大きめの段ボールに詰めて納品用の袋に詰める作業。この中で私は、フルーツネットを半分に折る作業しかできません。

就労継続支援事業B型とは、障害者総合支援法に基づく福祉サービスのひとつ。雇用契約に基づく就労が難しい者に対して、就労機会及び生産活動の機会を提供する(出典:厚生労働省サイト)。
       

作業所に来たばかりのころはそれじゃあつまらないかなと思い、なんか負けているみたいで嫌だったので、いろいろ練習して半分に折る作業以外もやってみましたが、どれもうまくできませんでした。ここまでやってみたら、諦めるというマイナスな意味ではなく、自分ができることを精いっぱいにやればいいと吹っ切れた。そこからはケ・セラ・セラ。どうやったら自分ができることの精度を上げるか。早く正確に折ることだけを考えて作業に没頭できるようになりました。

昼食は、併設するパン屋さんでサラダセットと好きなパンをひとつ選び、毎日欠かせない飲み物がラッシー。少しヨーグルト多めが好き。これを飲むと、お腹の調子がいいので欠かさず飲んでいます。もう一つここでの自分のこだわりがあります。なるべく500円以内に抑えることです。ロシアによる侵攻だけが理由ではないかもしれませんが、理由はさておき、小麦を中心に原材料価格の高騰が止まらないからパンが高い。本当に戦争をやめてほしい。仮にやめてもすぐ原材料価格が下がるわけではないと思うけれど、以前と同じ値段で、おなかいっぱいパンが食べたい。

パンやパン職人さんには罪はありませんが、やっぱりパンが小さくなってしまうじゃないですか。一口では食べられないほどの大きなパンが食べたい。サイズが小さくなるだけでおいしさは変わらないけど、パン一つとサラダセットでは物足らなくなったから、ふりかけおにぎり一つも欠かせません。母にはいつも感謝です。

さあ、今日は晴れています。雨の日以外は、屋外にあるビニールハウスで葉物野菜の苗をつくるための種を植えるのが僕の役目です。さあ、レッツゴーだ。

失敗したって構わないから  :  「みんなでひとり」

今日は、晴れているので午後からは屋外にあるビニールハウスで、ファーム作業です。うちのビニールハウスでは、高床式砂栽培という方法で、小松菜とチンゲン菜、水菜といった葉物野菜を育てています。

こういった定番のほかにおしゃれ野菜を試験的に育てたり、規模は小さいですが畑もあります。私のファームでの重要任務は、こういった野菜たちの苗づくりです。その苗をつくるには、約100個の格子状のパレットに砂か土を入れて固めたら一個一個丁寧にドライバーで穴をあけます。これも穴が浅すぎても深すぎてもダメなんです。絶妙な力加減が必要です。慣れれば誰でもできるとは思いますが、根気がいる作業です。

すべてに穴をあけたら、ピンセットで種を一つずつつまんで丁寧に植えていきます。種は一つがとても小さく、これもかなり根気がいります。種の色が青色にコーティングされたものなら植えやすいのですが、黒とか茶色とかだとまた神経をつかいます。今私が任されている作業は繰り返しになるかもしれませんが、とっても集中力がいる作業なので、他のメンバーもやりますが、肩がこったり、目が疲れたりなかなかむずかしい作業の一つのようです。


今はもう私も慣れて、「晴れていたら毎日来てくれ」と頼りにされるぐらいで、やりがいも感じていますが、ここで働きはじめた当初から参加していたわけではありませんでした。このファーム作業を、立ち上げ当初から支えている利用者さんが、僕にこんなことを言ってくれたのです。

「ファームはな、みんなでひとりなんだ、それぞれができることを精いっぱいやればいいんだ、失敗なんか、構うものか」と。

最初、作業所を見学したときファーム作業も一通り見学しました。そのとき、やりたくない作業だな。。。とは思わなかったものの、ピンセットを使う細かい作業だからできないだろうと思っていました。ピンセットなんか使ったことないし。

でも、「やってみたら?」と何度も誘ってくれるし、失敗しても構わないと言うし、発想を変えてやってみることにしたら.....意外とできちゃいました。この作業はとくにノルマもなく、そもそもB型だからノルマなどはないのですが、ていねいさが求められ、ゆるやかに納期設定もあって、自分のペースで没頭できる点が私に合っています。誘ってくれてサンキューです。

じゃがいもの花と広島

ファームで農作物に囲まれていると、気づかされることがたくさんあります。ファームの静かな環境は、自分の感受性の強さや過敏さから解放される機会でもあり、また、頼られていると実感できることも多いので、やりがいを感じながら精いっぱい取り組んでいます。

その気づきをいくつか紹介したいと思います。同じ袋の同じ野菜の種でも、一つ一つ成長は個性的です。一個数ミリの種にもそれぞれ生命が宿っているんだなあ、大きくなれ、大きくなるんだぞと、唱えながら丁寧に植えています。だけど、そんな風に自分なりに愛情を込めながら作業しても、全体の二~三割はどうしても発芽しません。そういう事実があるからこそ、毎回、この作業から慈しみの心を学んでいるような気がしています。

それから、ハウス横にじゃがいも畑があると書きましたが、じゃがいもは、じゃがいもの花が枯れ落ちると収穫時期だといわれます。ひまわりやチューリップは私を見てと言わんばかりに、球根の栄養をつかって咲き誇りますが、じゃがいもは違います。栽培するのも簡単で、寒い土地でもよく育ちます。さらに1年間のうちに複数回収穫ができるので、食糧不足の危機を何度も救ってきたという歴史もあるようです。そうした背景から、「恩恵」「慈悲」など、まさに大地の包容力を感じさせるような花言葉がつけられていて、じゃがいもの花は、鮮やかな色で咲き誇るお花たちとは存在意味さえも違うもののように思えます。植物も人間みたいですね。同じ地球上にいる生命体です。美しさで魅了してくれる花も、枯れることで収穫時のサインを出してくれる花も尊いなぁと思わずにはいられません。

おわりに

そして、最後にもう一つ。G7サミットが広島で開会されましたが、いうまでもなく、日本は唯一の被爆国です。そんな戦争の悲惨さと平和の尊さを伝えることのできる地で世界平和と世界の発展について話ができたことは、非常に有意義なことだと思います。

牧野富太郎の名言の中に、“雑草という草はない”という名言がありますが、広島に原爆が投下された直後、この場所にはこれから70年間は草花は生えないと伝えられたそうです。市民やそれを聞いた人たちは、絶望したことでしょう。

ところが、少し時間が経過し、焼け野原になった地面にも緑がパッと顔をだしたそうです。そんな時、それを雑草だと思った方は少なかったのではないでしょうか。生命力に充ちあふれ、明日もがんばろうという希望になったのではないでしょうか。

私の作業所では、みんなそれぞれ得手不得手があります。それぞれができることに没頭し、補い合って「みんなでひとり」という感覚を共有することができています。

“雑草という草はない”

B型作業所の日常では、牧野先生の名言が当然のこととして共有されています。今、戦場と化した場所に鮮やかな緑が戻り、一刻も早く平和な日常を取り戻すことができますように。心より願っています。




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