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子どもが不安を抱えているときこそ / その子にとって心の安全地帯が必要です

副島賢和(そえじま・まさかず)昭和大学大学院准教授、昭和大学附属病院内学級担当。学校心理士スーパーバイザー。公立小学校教諭として25年間勤務。2006年より8年間、昭和大学病院内さいかち学級担任。2014年より現職。ホスピタル・クラウンでもあり、2009年、ドラマ『赤鼻のセンセイ』のモチーフにもなった。2011年、NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』出演。

どんな言葉をかけるかよりも、どんな気持ちを伝えるか

子どもが不安を抱え、取り憑かれたように勉強をしている様子のときには、「いつもと違って今日はどうしたのかなあ?」「ちょっと休憩したら?」と声をかけてあげるなど、「あなたがいつもと違う様子に気がついて、気にしている人間がここにいるよ」ということを伝えてあげてほしいと、第13回のnoteでお伝えしました。

では、お父さんやお母さんに「今日はいつもと違うね。どうしたの」と声をかけられたとき、子どもはどんな反応をするでしょうか。

言葉はなかなか難しいものです。講演会などでは、私の声のトーンやその雰囲気で、どんなメッセージを伝えるかがわかりやすいのですが、同じ文章でも、声をかける人の気持ちやお互いの関係性によって相手への伝わり方がずいぶん変わります。

「今日はいつもと違うね。どうしたの」も、大まかに考えても二つの対照的なメッセージになって伝わると考えられます。「あなたがいつもと違うことに気がついているよ」と見守るような気持ちで伝えると、子どもは「自分のこと、ちょっと話してみようかな」と思うかもしれません。しかし、同じ言葉でも、「あなたがしていることは間違いです」というメッセージが伝わってくると、「きっと分かってくれないから話しても無駄だ」と思ってしまうでしょう。

例えば、ゲームに没頭しているときに「今日はいつもと違うね。どうしたの」と言われたら、ゲームをするのはあまり良くないことだといつも言われている子なら、「あ、ごめんなさい」と言うか、何も答えず無視をするのではないでしょうか。

大人には、その子がいつもと違う様子のとき、それが勉強であってもゲームであっても、それがはその子にとって今どんな価値を持っているのかも理解したいという姿勢が必要だと思います。「ゲームが悪いと思ってるわけじゃないんだよ。それよりも、あなたがいつもと違うなっていうのが気になったんだ」と言ってあげると、子どもも「少し話をしてみようかな」と思えるようになるかもしれません。

子どもに声をかけるときには、どんな言葉をかけるか以上に、どんな気持ちを伝えたいかをしっかりイメージしながら声をかけることを私は大事にしています。


引き出しからはみ出したものを整理して入れ直す

最大の不安は、トラウマといわれます。トラウマは、大きなストレスによる心の傷です。トラウマのカウンセリングについて学生に説明するとき、私は記憶の引き出しの話をします。

辛いから、怖いから、あまり見ないようにして、ぐちゃぐちゃっと丸めて記憶の引き出しに入れ、無理やり閉めたままになっているのです。きちんとたたまれていない洋服が引っかかって引き出しがきっちり閉まらないことや、一部が引き出しからはみ出てしまうことがありますよね。ちょうどそんな感じです。

記憶が整理されておらず、何か刺激と受けたときに、辛かったことや怖かったことが時間や空間を飛び越えて思いがけず出てきてしまうことをこのように例えると、イメージしやすいかもしれません。

そうやって閉めた引き出しは何が出てくるかわかりませんから、怖くてできれば開けたくありません。中身も見たくないのです。本人にとっては、びっくり箱のようなものです。何かが飛び出してきて、自分を驚かせるかもしれない。悲しくなってしまうかもしれません。一人では到底開けられないのです。

けれど、信頼できる人やカウンセラーと一緒なら開けることができます。この人と一緒に開けてみようかなと準備ができたときに、合図が来ます。そして一緒に引き出しを開けます。引き出しをそっと開けて、ぐちゃぐちゃに丸めて入れた服を取り出し、一緒にたたみなおします。そこできちんとたたむことができれば、引き出しもきっちり閉めることができて、そう簡単には出てこなくなります。これが治療的なかかわりです。

でも、そうするときは、本人が引き出しを開ける心の準備ができているかどうかを確かめながら進めなくてはなりません。「不安かなあ?」「何か心配なことがあるのかなあ?」と言ったとき、どのような表情をしているか、どのように答えるかをしっかり受け取りながら、話を聞きながら、今なら開けられるかなと思ったときに、「引き出しを開けて、たたんで、しまいなおす作業を僕も一緒にやらせてくれる?」とようやく言えるのです。

漠然とした不安を抱えていることに、本人が気付くことができないと、なかなかそこから抜け出すことはできません。何かが引き出しからはみ出ていて、なんとなく目の端に入って気になっていても、何がはみ出していて、どうして気になるのかがわからない。

自分が不安になっていることに気づくと、はみ出ているものは何か、一度引き出しを開けてみようかなと思えるようになります。一度開けてきちんと整理して入れ直すと、必要な時がきたらまた引き出しを開けて、そのことに向き合うことができるようになります。そして、引き出しにしっかりとしまわれるので、普段はあまり気にならなくなるのです。

家族だけでは難しいこと、家族だから難しいこともたくさんあります。そんなときは無理やり引き出しを開けようとせずに、心の専門家に相談していただければと思います。


その子にとっての心の安全地帯を作る

長期の休校や仕事のテレワーク化などが進み、一時期、家族で一緒に過ごすことがずいぶん増えたと思います。学校や仕事が再開しても、また自粛期間に入ることも考えられます。家族とはいえ一日中一緒に過ごしているとお互いに何かと目につき、何かと口を出してしまうという話もよく聞きました。

子どものことを見守るのは大事ですが、見張られていると感じると、お互いに過ごしづらいものです。院内学級でも、私は、あえて子どものことを「見て見ぬ振り」の瞬間を作ることも心がけています。

病院、特に小児科では、ベッドの上はその子の生活の場であり、安全地帯だと考えています。どうしても動けない場合には仕方がありませんが、そうでなければベッドの上では痛いこと、治療をしません。血を抜いたり、注射をしたり、消毒をしたりする場合には、ナースステーションの近くにある処置室などに移動して、そこで処置をします。「ベッドの上は、あなたにとって安全な場所だよ」と医療も保障しているのです。

私たちも、ベッドはその子のお部屋だと思っています。初めておしゃべりをしに行くときも、すっかり仲良くなってからも、病室に入るときやカーテンを開けるときには、「入っていい?」と必ず聞きます。

お家の中でも、そういう場所があるといいですね。個室がなくてもいいのです。その子の安全地帯をどこかに作ってあげてください。

自分の机に向かっているときは、いきなりそこに入っていかない。ベッドの上で何かをしているときには、しつこく声はかけない。この椅子に座っているときは、この座布団の上にいるときは、このクッションを抱えているときはなど、なんでもいいのです。そこに戻るとほっとできる場所、落ち着ける空間を作ってあげてほしいと思います。

もちろん、そこにいるときは一切声をかけないとか、いないことにするとか、放っておくということではありません。「そろそろご飯よ」などの声はかけます。毛布にくるまっているときは、無理やりそれを剥がすのではなく、頭を撫でてから話しかけるなど、その子の空間を大事にしてあげてほしいのです。こちらの都合で無理にそこから引っ張り出そうとしないということです。

そういう空間は、大人だって必要です。朝、トイレにこもって時間をかけて新聞を読むのが日課、お風呂で思い切り歌を歌って気分転換している、家族が寝てからゆっくり本を読むのが楽しみ、この映画が終わるまでは話しかけないで、など、大人はいろいろと工夫してそういう空間を作っていると思います。子どもも同じように、誰にも邪魔されず、自分のしたいことをしたり考えごとをしたりする、安心できる時間や空間が必要なのです。


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