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見つめる前に跳ぶかどうか

彼は空を飛ぶことを夢見ている。

でも現実には、履き潰したスニーカーは地面にへばり付いたままだ。

彼は、空を飛べはしないだろう、とも思っている。

だから、その場でジャンプをしてみることさえしたことがない。ジャンプしたところで、空を飛べることなど決してないと思うからだ。
事実、夢を語る時、誰もが空を見上げるばかりなのだから。
あの人も。あの人も。あんな人でさえ。

ある日、懐かしい顔を見かけた。

幼い頃によく連れだって遊んでいたヤツだ。
彼は、そいつを少しばかりバカだと思っている。
子供の頃、ひとたび自転車に跨ると、どこまでも走り続けるようなヤツだった。行手に大きな蚊柱が立ちはだかろうとだ。なんなら大口を開けて突っ込んで行った。

久々のそいつは、あの日と変わらず少し足りない様子だった。
一人ぴょんぴょん跳ねているのだ。
気付かぬふりで、そのまま通り過ぎようとしたのだが、思わず足を止め話し掛けてしまった。

「お前さ、こんなところで何やってんの」
「あぁ、ソウちゃん。何って、空飛ぶ練習」
「久しぶり」の一言もないまま、まるで昨日も一緒に遊んでいたかの様に話し掛けてきたのが少し可笑しかった。
「お前さ、空飛ぶって…」
「それで、少しは飛べるようになったのかよ」
「全然ダメ」
「だろうな。じゃ、無駄だってことだ」
「いや、そうなんだけどさ、やってみないと分からないし、やらないで出来ないと思っているより、やって出来ないことを確認してみたかったから」
「でもさ、やってみたら、なんか続けていると出来るかも、って思えてきて」
「お前すげーな。昔のまんまちょっと変わってるわ」
「そお。やってみないとホント分かんないじゃん」
「じゃあな、飛べるようになったら知らせてくれ」
「分かった。なんかもう少しな気がする」

振り返ると、夢中で跳ねるヤツを、行き交う人達が大きく避けて通る様子が見て取れた。
彼は、何だかんだ少し腹が立った。心の中で、「ちっ!もしかして飛べるかもしれねぇじゃん」
何で跳ねているも分からなきゃ、まあ不気味か…
いや、分かったら分かったでもっと怪しいかもな、と思い直し苦笑いを浮かべた。
でも彼は、一瞬でも「飛べるかも」と思った自分にも可笑しくなった。

そうして思った。
アイツは足りないんじゃない。自分に素直なだけだ。利口を気取って、手っ取り早くやれない理由を探している自分こそ、やれる理由を見つけ出せない愚か者なのではないか…

彼は、その日始めて帰り道でジャンプをしてみた。
やはり飛べはしなかったが。

その2日後、アイツが死んだ事を聞いた。

ぴょんぴょんの先、マンションから本当に跳んだのだそうだ。
警察は自殺として捜査を始めた。
遺書が無かったため、慎重に進めているらしい。
彼はその理由に心当たりがある。

それでも彼は警察には行かなかった。
「自殺は自殺なんだろうな…」
そう思ったからだ。

「アイツはバカだよ。やっぱりバカだ」
心の中でそう呟いただけだ。

それでも、これから先も跳び続けるかは彼しだいだ。
彼の人生は、彼のものなのだから。

#小説 #短編 #ショートショート #エッセイ

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