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シャワーの妖精

今朝、おれにちょっとした幸運が降りてくれた。ほんの小さな小さな幸運だけど。

それはバスルームでのこと。久々の出会い。

風呂場で、って誰とだよ!となるかもしれないが、それは人ではなくて「感覚」の話。

こいつは、いつだって突然現れるのが常。
でも今回はホント久しぶり。何年ぶりだろう…
「おいおい、お前のことなんか忘れていたよ」ってなぐあい。
それと、必ずといっていいほどバスルームでシャワーを浴びている時に現れる。こんな風に書くと、ずいぶんそいつに詳しいように思われるかもしれないが、実はなんにも分からないのだ。

バスルームに朝の柔らかな日差し。勢いよく出したシャワーが、室内を湯気で覆って行く。鏡の中の自分をぼんやりと眺めながら、少し熱めのシャワーを頭から浴びる。流れ落ちる水滴と一緒に、ゆっくりと意識が鮮明になって行く。そんな時、どこか懐かしく不思議な感覚に、ふわりと包まれることが…あるのだ。
「あっ、これって何だったかな。」
「あぁもう、ここまで出かかっているのに!」
思い出せそうで、思い出せない。
だけど大切な思い出の様な気がして…
ずっと大切にしまっていたもの。あの日のことか。この人のこと… どれもしっくりと来るものが見つからない。ただ、この歳で恥ずかしいのだけれど、胸がキュッとなるような切なくて優しい何かなのは間違いないのだ。

身体を通り抜けるように一瞬で去ろうとするものだから、おれも慌てて手をつかもうとするのだけれど、つかめたためしはない。
一度だって。
残されるのは「今、あいつが来たよね」っていう微かな感覚と、頭から降りそそぐシャワーの音。今はやけに鮮明に聞こえるのだ。

それでも、そいつが来てくれた時は少し幸福になれる。
それはきっと、おれの中にある良心なのかもしれない。
だからそいつに出会えると、なんだか優しい気持ちになれるのだ。

こころなしか今朝は、髭もさっぱりと剃れた気がする。バスタオルを巻き鏡の前に立ってみると、自然と笑顔が出た。洗濯かごに勢いよくタオルを投げ入れる。
いつのまにか雨も上がったようだ。遠くには青空も見える。
さてと、今日も仕事をがんばりますか。

シャワーの妖精… なわけないか。

#エッセイ #思い出 #感覚

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