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どこかで暮らしているアイツへ

今日、ひょんな事から浜田省吾を聴いた。

何十年ぶりのその曲…

浜田省吾を聴いていたのはごくごく短い期間だが、いっ時けっこう聴いた。
これまたひょんな事がきっかけで、話をするようになったアイツが好きだったのだ。

それは高3のことだ。
アイツとは、ほとんど話をしたこともなかった。
どちらかと言うと苦手なカテゴリーに分類していたアイツ。
秋の深まりを感じる夕日が差し込む教室で、おれの親友の一人と話していたのだ。なんだか、その夕日に浮かび上がったその姿は、不思議と鮮明に覚えている。
そこにヘラヘラと加わったおれは、試す様に「どんな曲を聴いてるのよ」くらいに質問したのだと思う。
アイツが答えた名前が浜田省吾。

当時、パンクにかぶれていたおれからしてみたら「なんだそりゃ」が第一印象。アイツはムキになるわけでもなく、少し照れくさそうに、なんなら詫びるくらいに「すきなんだよね…」と言った。

次の日、アイツが自ら曲を選定したベストを、おれに持って来てくれたのだ。
その夜、浜田省吾を初めて聴いた。想像していたものとは少し違っていた。

そこで歌われる言葉は、さえない男の独り言のようだった。好きな女の子を想いを、パイプベッドの上でつぶやく独り言。激しい曲でさえ、バイパスの人気のない夜の闇に向かって、誰にも聞かれることのない叫びのような独り言。

「なあんだ。アイツもおれと同じなんだな」
小さな声で浜田省吾が好きだと言ったアイツが、おれはなんだか少し好きになった。

その少し後、アイツは、おれたちの学祭でのライブを観に来てくれた。小さな音楽教室から溢れた聴衆の中で、アイツも入りきれず人垣の隙間から顔だけ出しのぞき込んでいた。
ライブが終わり話しかけると
「お前らのやってる音楽は、オレには全然分んないわ」
そう言ってにっこり笑った。

卒業してからは一度も会っていない。
今どこで何をしているのか、風の便りすらない。
ただ、あの夕暮れの教室での照れくさそうな笑顔と、学祭のあの屈託のない笑顔は忘れることはない。
浜田省吾と一緒に。

この歳になって改めて浜田省吾を聴くと、
歌詞、メロディー、なんだか全てが古臭い。当たり前だ。おれ自身が古臭くなっているのだから。
でも、自然とおれはその歌詞を口ずさんでいた。

アイツは元気にしているだろうか。

#エッセイ #思い出 #音楽 #曲

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