その人に会いに行く、ということ
「これから30分の休憩を挟みます」
そんなアナウンスが場内に流れる。照明が、まるでライブ終了時のように明るくなった。
ライブの途中で30分の休憩…?
そんなライブはかつて経験したことがなかった。
しかし、会場全体は、「しょうがないね」といった雰囲気に包まれる。
「だって無理すると倒れちゃうよ」
数年前のボブ・ディランのライブでの一コマだ。
本当に弾いているかも分からぬピアノを前に終始腰掛け、すっかり低くなってしまったダミ声で、既に1時弱を歌い続けている。
その日のディランは、アイボリーの麻のスーツに、モノトーン柄の開襟シャツ。お馴染みのクリーム色のハットを目深に被っていた。
それはまるで、観客に聴かせる行為というよりは、一人の老人が、今まで歩んできた生き様を独り語りに静かに語りはじめたかのような歌。
それを、たまたまバーのカウンターで隣あわせた者たちが、みな聞き耳を立てている。
そんなライブだ。
その声は、聴く者すべてに深く沁み入る。
「お前の人生も、いつか自分自身で受け入れられるさ」と。
こう言ってはなんだが、来日するだけでも大変な労力だろう。
そんな歳で、ライブを一本こなすとなれば、その御大への負担は察するに余りある。
そんな中、目の前で静かに語ってくれるディラン。ぼくらはそれを目に焼き付けていった。
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