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集団、文化、ヒトの共進化

集団内で技術や社会習慣などの文化を記憶・学習する能力を得たことがサルからヒトへの分岐点となる。文化を老人の知恵や道具として維持し継承する文化の記憶は、集団としての新しい生命進化の手段となっていく。


●ヒトと文化の共進化

ヒトの想像が創造するものは道具・技術だけではない、調理方法や言語、獲物や脅威に対する知識、狩猟や調理などのノウハウ、集団を円滑に運用するための社会習慣や社会規範、宗教、芸術があり、これらの集団で獲得し継承するものを総称して「文化」と呼ぶ。

文化の対象: 道具、技術、知識、ノウハウ、社会習慣・規範、宗教、芸術

ヒトと文化の遺伝子は、共進化の関係にある。例えば、調理とヒトについて考えてみよう。

調理の進化:
・石器を使って食材を刻む
・消化しやすくなり
 ➡エネルギー獲得量が増加
 ➡歯、口、顎の筋肉、胃・腸が縮小
 ➡消化に要するエネルギー量が減少
・エネルギー獲得量が増える
 ➡処理能力の高い「脳」を維持
 ➡文化生成にかかわる「前頭葉」を中心に脳が拡大
・調理方法を工夫する新しい調理方法を創造する
 ex. 加熱する、干す、挽く、水にさらす

 この循環を繰り返すことにより、調理とヒトは共進化する。

ヒトの進化が新しい文化をうみ、新しい文化がヒトの進化を促進する。

「ヒトと文化の共進化」の例:
・狩猟
 狩猟のための道具や技術➡扱う技能➡技能を獲得する脳、獲物の追跡➡追跡や長距離走のノウハウ➡長距離走のためのヒトの身体構造➡ランニングフォーム、集団行動のルール➡ルールを守る感情、水容器➡発汗作用による冷却➡水場探索ノウハウ、動物行動に関する知識➡知識を学習・活用する脳➡若者の育成➡知識の伝承

・社会規範
 先祖伝来の知恵に従う➡集団としての生存能力が向上➡生存に優位な規範を継承➡規範の整備、制裁と報酬➡制裁による淘汰➡規範に従う・守る脳力(報酬系など)➡協力行動、利他行動

・コミュニケーション
 顔の無毛化と表情・白目と視線・身振り➡コミュニケーション脳力➡密な連携➡道具の製作・使い方の伝搬・質の向上➡道具の複雑化・高度化➡コミュニケーション手段の開拓・複雑化➡コミュニケーション脳力の成長・進化➡集団での狩り➡太鼓などの遠隔通信

・脳力(前頭葉)
  創造力・発明の動機➡便利な道具➡指先の進化➡道具の高度化➡模倣・学習・計画・記憶・論理➡学習の動機付け(報酬系)、道具の再構築➡推測・分析・論理、道具へのアウトソース➡身体弱体化➡脳へのエネルギー増加➡新しい道具の創造

・言語
  言語による集団運営➡言語を喋るための身体構造➡文化の複雑化➡語彙の増加・文法の複雑化➡言語学習脳力➡言語学習のための社会習慣➡覚え易い言語構造


●集団の規模と結びつきの強さ

 ヒトが文化を形成・維持するためには、「集団の規模」と「結びつきの強さ=集団のコミュニケーション能力」が必要条件となる。

 石器の発明について考えてみよう。旧石器時代の初期に、鋭利なナイフのような石器を創る大天才が1人いたとする。しかし、その技術を受け継ぐものがいなければ、生み出された新石器はただの宝物でしかなく、壊れてしまえば技術は失われてしまう。新しい技術は、技術を創造するもの>その技術を代々受け継ぐもの>その技術を代々使いこなすものが必要となる。

新しい技術を継承するために必要な人材:
・創造者: 新しい技術を創造するもの
・継承者: その技術を代々受け継ぐもの
・使用者: その技術を代々使いこなすもの


 創造者・継承者・使用者が発生し、時空間上で出合う確率は「集団の規模が大きく、集団内での結びつきが強い」ほど高くなり、新しい道具をうみだし維持するために優位となる。

 集団の規模が拡大するということは、その集団にヒトが集まり養える生存優位性があり、何より獲得・維持するエネルギー源が豊富に存在するということだ。

集団の拡大要因: 
 生存に優位な道具・スキル・ノウハウを保有し続けること
・狩猟採集
  狩猟採集のための武器、狩猟採集知識・技術、チームワーク
・調理
  食料保存法、毒抜き、消化に良い調理法
・集団運用
 集団を円滑に運用するための規範・ルール、作業分担
・子育て
 一夫一妻、子育ての分担、育児ノウハウ
・知識の維持
 知恵のある族長・老人の優遇、熟練者による若者の育成

  そして、集団の規模拡大の限界は、集団が保有する文化水準により得られる食料の量と集団の円滑な運営状況により決定される。

 集団の規模は、集団内のコミュニケーション能力が高く構成メンバー間の結びつきが強くなければ維持できない。集団のコミュニケーション能力もまた、構成メンバーの規模と密度に応じて言語・楽器・通信・交通などの文化の成長にともない進化する。

 「集団の規模」と「結びつきの強さ」が、ヒトと文化の共進化サイクルを回し、新しく生み出されて継承された文化が「集団の規模」と「結びつきの強さ」を強化する。


●文化習得マシンとしての集団脳

 文化が進化するためには、文化の記憶や学習のための習慣や感情が必要となる。これらは、集団のなかでどのようにしてうまれるのだろうか。

集団による文化の記憶と学習システム:
・記憶: 老人の知恵、道具・文化の継承、モノによる記録・複製・読みだし
・学習: 育児・育成のための感情や習慣


 日常生活に関するノウハウ、生き残るための最小限の知恵は、集団の最小単位である家族を単位として記憶し、個人に刻まれ、次世代に継承する。

 狩猟採集や調理などのスキルや習慣を習得、蓄積、整理する能力を向上したものは、より生き残りやすくなる。霊長類から受け継いだ支配者に従う心理や習慣をベースとして、生存に有利な脳力が選択され、積み上げられていく。

スキルや習慣を習得するための脳力:
・学ぶ側に必要な能力・習慣
 - 手本にすべき相手を選択、模倣
 - 情報・知識を収集、活用
 - 論理的な理解、応用
 - 手本となるもの、リーダーに対する敬意の感情・習慣
 - 学ばなかった場合の失敗体験の記憶
・教える動機となる能力・習慣
 - 誇り、ステータスに対する報酬感情
 - 教えるものに報酬を与える社会習慣の維持
  社会的な地位、手伝い、贈り物、名声など

 これらを実行するための脳力を獲得したものが多い集団が生き残り、その繰り返しにより文化を記憶し学習するための能力や習慣を集団で獲得する。集団が保有する文化は集団毎に異なり、それを維持することが集団にとって有利となることから同族・民族意識がうまれる。

 さらに、こうした営みの繰り返しがヒトのライフサイクルにも影響を与える。

ヒトのライフサイクル:
・妊娠期
 長い妊娠期間、体内で脳を拡大、妊婦を守る習慣
・幼児期 
 ➡前頭葉が拡大
 脳の学習・拡大に集中し、身体の成長を遅らせる
・思春期 
 ➡リスクよりも好奇心、絶縁皮膜で脳内に高速通信路を生成
  性的成熟期、身体を急速に成長、大人を見習いながら技術や知識を習得
・30代後半 
 ➡脳内の高速通信路設置完了
 獲物をしとめる確率が最大、学習能力が低下、若者の育成
・老人
 閉経後も寿命を延ばす

 集団における文化の記憶が新たな遺伝子となり、学習により世代を超えて文化を継承し伝搬していく。

●加速する共進化サイクル


 ヒトと文化、集団規模とコミュニケーションの相互作用が編む共進化のサイクルが集団に優位な文化をうみ、集団の規模を拡大し、新しい文化の創造がコミュニケーション能力を高め、文化とヒトの共進化を加速する。

相互に「依存」し「促進」しあう、集団規模・コミュニケーション能力、文化、ヒトの共進化サイクルが驚異的なスピードで加速する。

集団におけるヒトと文化の共進化

●文化へのアウトソースによる高速進化


ヒトは能力や脳力を文化にアウトソースすることにより、集団のなかに時空間をこえて知識と知恵を記憶する。そして、外部環境に適応して集団を優位にした「文化の遺伝子(ミーム)」が、生存競争に勝利して後の世に伝えられることとなる。


ヒトは遺伝子によらない、後天的な進化の手段を獲得した

文化を遺伝子(ミーム)として継承するヒトは、文化への能力や脳力のアウトソースによって、10年、100年単位での急速な進化を可能とした


集団規模を拡大し、コミュニケーション能力を高めた集団が優位な文化を創造・維持して生き残るが、獲得できる獲物の量が壁となって立ちはだかる。

集団規模拡大の壁の内側で、道具と調理法を工夫し、言語の語彙を増やし、文法を整備・複雑化して表現力を増し、知識を整理し、社会規範を整備し、宗教を広め、組織構造を整備してコミュニケーション・ネットワークを張り巡らせて次の共進化爆発のときをまつ。

参考書籍:
[1] ジョセフ・ヘンリック(2019), "文化がヒトを進化させた :人類の繁栄と<文化-遺伝子革命>", 今西康子, 白揚社
[2] リチャード・ドーキンス(2006), "利己的な遺伝子", 日高敏隆, 岸由二, 羽田節子, 垂水雄二訳, 紀伊国屋書店
- Richard Dawkins(1976/1989), "THE SELFISH GENE(30th anniversaty edition", Oxford University Press
[3] M.マクルーハン(1986), "グーテンベルクの銀河系 :哲学人間の形成", 森常治訳, みすず書房
- Marshall McLuhan(1962), "The Gutenberg Galaxy: The Making of Typographic Man", University of Toronto Press
[4] ジャレド・ダイアモンド(2000), "銃・病原菌・鉄",倉骨彰訳 , 草思社
- Jared Diamond(1997), "GUNS, GERMS, AND STEEL: The Fates of Human Societies", W.W.Norton & Company.
[5] セザー・ヒダルゴ(2017), "情報と秩序 :原子から経済までの動かす根本原理を求めて", 千葉敏生訳, 早川書房
[6] アンドレ・ルロワ=グーラン(1973), "身ぶりと言葉", 荒木亨訳, 新潮社
Andre Leroi-Gourhan(1964), "Le Geste et La Parole", Albin Michel


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