見出し画像

産業革命はなぜ18世紀にイギリスで始まったのか【後編】: 情報ネットワーク・黒死病・イギリス


  領土の限界という【巨大な壁】の内側であがきながら、封建制度、重商主義を基盤とする交通ネットワークが商業ネットワークを、商業ネットワークが情報貨幣ネットワークを支え、初期の情報ネットワークが各ネットワークをつなぎ、相互作用しながら拡大して、産業革命を支える統合ネットワーク・プラットフォームを準備する

●【巨大な壁】の内側で広がる情報ネットワーク

〇膨大な利益を生む錬金術、情報貨幣ネットワーク

 異なる商品価値を仲介する必要から生み出された貨幣は、重商主義を経て交換を大規模化し、交易で得た富を蓄積することにより世代を超えた大資本を生み出す手段として活躍する。商人間の信用取引が海洋取引の保険が、「オランダ東インド会社」に始まる株式会社への投資が、アムステルダム銀行、イングランド銀行などの巨大銀行の利子が膨大な富を生み出す貨幣情報ネットワーク上での取引を加速させる。さらに、産業革命においては、生産性への投資が新たな利益を生む仕組みを構築することになる。

〇書籍を介した情報ネットワークによる読み書き、計算能力の向上、科学革命

 18世紀の産業革命をささえる数々の発明は、15世紀の活版印刷の発明に始まる。活版印刷は、書籍を安価に手に入れられるものとする。書籍の普及は、情報を流通し、市民の教育(文字の読み書き、計算、技能教育)を推進するきっかけとなり、中産階級の増加、徒弟制度などとの相互作用により開発・発明家を生み出す下地をつくる。

 産業革命直前の17世紀に、ケプラー、ガリレオ、ニュートンなど科学革命とも呼ばれる科学の大きな変革があった。ひとつの発見・発明は続く発見・発明に連鎖する。たとえば、デカルトの機械論的思想(1637年)に始まり、ゲーリケの真空ポンプ(1650年)、ボイルの法則(1660年)、ホイヘンスの火薬を使った往復エンジン(1660年)そしてついには、鉱山での配水のためのニューコメンの蒸気機関(1710年)を生み出すに至り、以降数々の蒸気機関の発明が世界を変える。

〇情報通信ネットワークハブとしてのコーヒーハウス

 初期の情報メディアとして大きな役割をはたしたのが17世紀末のロンドンやオックスフォードに大量発生したコーヒーハウスだ。そこにはさまざまな人々が集まり、オーナーの「好み」により商売、政治、生活、ファッション、貿易、船舶、文学、ゴシップなどなどあらゆる情報が集められ、交換される。コーヒーハウスで交わされた会話をメンバーが編集して活用し、産業革命の進展とともに保険会社、株式会社、政党政治、新聞、広告、電信ネットワークなどへと発展してゆく


 分配の基盤となる土地に限界が生じてもなお、封建制度を維持するためには領土を広げる必要があった。各国は、報酬となる土地がないままに戦いつづけ疲弊しつつ、ネットワーク・プラットフォームを広げ、次の時代にバトンを渡すときを待っていた

●産業革命の引き金となる【急激な変化】:黒死病、大爆発の【突破口】:イギリス

〇黒死病による人口減少

 黒死病によりヨーロッパの人口の1/3を死に至らしめる。ヨーロッパの多くの地域では、15世紀までに人口は回復し始めていたが、イギリスでは16世紀半ばまで人口は極めて低い状態を維持したままだった

〇人口減少によるロンドンの活性化と高賃金化

 黒死病後に生み出されたイギリスの穀物用地の空き地をもとに、広大で肥沃な牧草地へと転換し、健康で毛の長い羊=新種毛織物を生み出す。17世紀ロンドンは、新種毛織物の海外航路での輸出により活気づき、高賃金にわいた。農民たちは、黒死病で空き地となった空き地を集め農地を拡大し、濃奴からヨーマン(独立自営農民)へと転身するなど、高賃金化の波が農地へもおしよせる

〇中産階級(ブルジョワジー)の拡大と封建社会の崩壊、民主主義の成立

 ロンドンの活性化が、貴族や大資本家たちと、雇われ農民を含む労働者たちとの中間で大小の富を蓄積する中産階級(ブルジョワジー)を増加させる。彼らは、市民革命の主体となり、イギリスの名誉革命が立憲民主主義を成立させる原動力となり、民主主義が「自由な取引」を行う資本主義をけん引する

〇安価なエネルギー:石炭への移行

 都市の急激な拡大は森林の急激な消費を促し、イギリスにおける木炭は高騰し15世紀には石炭価格の2倍となる。17世紀までにロンドンを中心とするエネルギー需要は激増し、急増する新築家屋では家庭で石炭を利用できるようになっていく。豊富な石炭への転換は、炭鉱からの無尽蔵で安価な燃料を供給を可能とし、イギリスにおけるエネルギーを極めて安価なものとした

●すべてが18世紀のイギリスに集約して爆発する

 ペストという【急激な変化】が【巨大な壁】をつきやぶるきっかけとなる。ペストからの復旧の遅れがイギリスの高賃金と石炭の低コスト化を生み、それに続く自動機械の発明と導入のメリットを高め、自動機械による大量生産が資本家たちの新たな投資先となり、そして海上の覇権争いを制したイギリスが【突破口】となり統合ネットワーク・プラットフォーム上で産業革命のスパイラルを回してゆく。

ーーーーーーーーー
 産業革命を調査するにつれ、今日と17世紀が重なって見えてくる。グローバル化に資本主義が喘ぎ、インターネットとiPhoneが情報暴走と読書離れを引き起こした。大きな壁の内側で様々なネットワークを広げ何を準備し、脳の変化の先でどのような革新的な時代を迎えようとしているのか。

参考書籍:
[1] フェルナン・ブローデル(2009), "歴史入門" , 金塚貞文訳, 中央文庫
Fernand Braudel(1988), "LA DYNAMIQUE DU CAPITALISME", Flammarion
[2] フェルナン・ブローデル(1985), "交換のはたらき --物質文明・経済・資本主義15-18世紀", 村上光彦訳, みすず書房
Fernand Braudel(1979), "LA Civilisation materielle, economie et capitalisme, XVe-XVIIIe siecle, Tome 2 : Les Jeux de L'ecghange", Armand Colin
[3] フェルナン・ブローデル(1995), "世界時間 --物質文明・経済・資本主義15-18世紀Ⅲ", 村上光彦訳, みすず書房
Fernand Braudel(1979), "LA Civilisation materielle, economie et capitalisme, XVe-XVIIIe siecle, Tome 3 :Le Temps du Monde", Armand Colin
[4] R.C.アレン(2017), "世界史のなかの産業革命 - 資源・人的資本・グローバル経済 - ",眞嶋史叙, 中野忠, 安元稔, 湯沢威訳 , 名古屋大学出版
Rovert C. Allen(2009), "The British Industrial Revolution in Global Perspective", Cambridge University Press
[5] グレゴリー・クラーク(2009), "10万年の世界経済史", 久保恵美子訳, 日経BP
Gregory Clark(2007), "A Farewell to ALMS", Princeton University Press
Johon H.Ratey Md(2001), "A User's Guide to the Brain", Vintage
[6] 宮崎正勝(1019), "ユダヤ商人と貨幣・金融の世界史", 原書房
[7] 松岡正剛(2001), "知の編集工学", 朝日文庫









この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?