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本を読むこと。 ~ 稲盛和夫の哲学に想う ~

「稲盛和夫」といえば現京セラの設立者でKDDIの最高顧問、日本航空の名誉顧問など錚々たる経歴を持っており、現在は経営者育成にも尽力している、言わずとしれた現代の「経営の神様」です。

著書も多数出しており、「生き方」や「働き方」などの著書はベストセラーとなって現代でも読み継がれています。

本日ご紹介する「稲盛和夫の哲学 人は何のために生きるのか」は2001年に単行本が出ており、2003年に文庫版が出ました。

私が手にしているのは文庫版の再販で2018年秋に出たものです。

まずは冒頭「人は何のために生きるか」について、稲盛は宇宙における「エネルギー不変の法則」を持ち出し、生物も無生物も宇宙に存在するものすべてが存在する必要があって存在している、だからこの世に不必要なものなどないし、すべての存在に意味があると説きます。

その中でも万物の霊長といわれる人間は「知恵」と「理性」と「心」を持っており、地球上の生物の中でもっとも進化したのだから、たんに存在するということを超える大きな価値を内在しており、それは人間は世のために人のために貢献することができるのではないかと記しています。

科学的に見れば、私はたまたま生を受けた偶然の産物かもしれないが、そこに必然性がなければ万物の霊長である人間の意味はなくなってしまうでしょう。たまたま生まれたということならば、生まれても生まれていなくてもいいということ、必然性をもって生まれた人間はもっと価値あるものと考えるべきなのです

ここまで読んだ時、エネルギー不変の法則の科学性を持ち出しておいて、一人の存在に対してはそこに在る必然性を説いて、人間の生物としての価値を高めようという論調に私は少し違和感を持ちました。

その後は、
人間はその力を使って世の中に貢献できる生物である
→しかし、その力を間違って使ってしまうと恐ろしいことが起こる(戦争、自然破壊)
→人間が人間として価値在る存在になるためには心、考え方、知恵、理性とった精神作用の質が大切
→具体的にどうするべきか
というロジックで話が進んでいきます。

結局の所、例え人間にそれほど価値がないとしてもこうして「必然」としてここに存在しているのだと考えることで、生きる意義・意欲・使命が出てくるため、人間の存在論は「考え方」として大切だということが言いたかったようです。

人間に求められるものは、もっとも価値ある存在としての誇りとそれに伴う責任です。現実には人間はその責任を果たさず、他の存在を踏みにじっています。もっとも価値ある存在だということをもっと強調して、その責任に伴う責任を自覚するように、私たちは自分自身に対する見方を変えていかなければいけません。
文庫版「稲盛和夫の哲学」P102より引用

私自身はそもそも種の違う生物と価値を比べることができないと考えていますし、比べること自体に疑問がありますが、皆さんはいかがでしょうか?

それぞれ個々が生きる意味を考え、自分の使命を自覚することは大事ですし、それが生きる意義や意欲につながり「幸せと思える人生」を形作っていくことは理解できます。

最終的なゴールについては同じだと思いますが、その過程で人間がもっとも価値ある存在として自覚することが本当に必要かどうかについては疑問が残ります。

他の生物の進化の過程や生きるための工夫からもヒトは多くを学ぶことができますし、ヒトがここに辿り着くまでに様々な生物と共進化してきた歴史は疑いようのない事実ですので、逆に自然や他の生物に対してもう少し謙虚になることの方が大事なような気がします。

また、著者は仏門に入っていますので「心の鍛え方」には六波羅蜜の考え方が紹介されています。
六波羅蜜とは修行の方法ですが、

1、布施:人に施しをすること、人に尽くすこと
2、持戒:「言行一致」、言っていることと、やっていることを一致させる、約束を守ること
3、忍辱(にんにく):この世の無常を受け入れ、どんな困難も耐え忍ぶこと
4、精進:他の生物同様に生きるために働き続けること、怠けないこと
5、禅定:座禅を組んで心を鎮めること
6、知恵:宇宙の真理に至る・悟りを開くこと

いかがでしょうか?

本書では特に3と4番が強調して紹介されていましたが、これが日本の経営倫理として多くの経営者や教育者に影響を与えており、そして働く我々の心にも深く刻まれているのです。

日本におけるうつ病患者数はこの10年で18%も増加し、110万人が罹患しているとの統計データがあります。

こうした経営倫理がすでに現代にフィットしていないという事実から目を背けてはいけないと思います。

さらに、成功するためには苦労がつきものであると、明治維新から昭和初期に活躍した偉人達の若い時代の苦労話が紹介されていますが、現代のようにある程度システムが出来上がった資本主義の枠組みの中では歯を食いしばって、苦労を重ねても底辺から成功することは難しいでしょう。

ここまで、ちょっと批判的な本の紹介になってしまいましたが、

競争も共生も、他者を認め、多様性を認めるという前提の上に成り立つものであり、また、共生と競争があって初めて、社会全体が繁栄する

といった示唆的な文章も多くあります。

本の面白さは読んだときや時期や時勢、その時の気持ちによって様々な解釈ができることです。

もし私がこの本をまた、5年後に読み直したときに、また違った感想になっているかもしれません。

ともあれ、稲盛和夫や松下幸之助など、経営の神様ともてはやされ、多くの経営者に影響を与えた経営倫理を説いた本は日本がどんどん成長軌道に乗っている時勢においては通用しましたが、成長が止まり、多種多様な生き方が提示されている現世においては、古い価値観の1つになりつつあります。

また、このような価値観にしばられ、令和の世に適応できなければ、その企業は自然淘汰の憂き目にあうことは必然です。

思想や考え方はその人が生きている環境に影響されます。
古典的な名著を読む場合はその著者が生きた時代背景も含めて、理解していくことが必要であると思いました。

最後までお読みいただきありがとうございました。


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