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すてきな女むてきな女③

「むくみちゃーん。久しぶり。何年振り?!」
なっちゃんは素敵な笑顔で迎えてくれた。

私ははにかみながらも平静を装い
「20何年振り?」
と返した。
「そんなわけ無いよー。もっとだよ。」
なっちゃんは笑いながらそう言った。
緊張のあまり、咄嗟に48−12 すらできなかった。

「むくみちゃん、変わってない。」
「なっちゃんも、変わってない。」
「こちらは娘のRです。」
「初めまして。」
「どうぞ中に入って。」

玄関で出迎えてくれたフランス人形のような少女は、なっちゃんの1人娘Rちゃんだった。
母から綺麗だとは聞いていたけれど、本当に綺麗だ。
整った顔立ち。
つるんとした色白のお肌。
凛とした印象。
溌剌とした感じのなっちゃんとは全然違うタイプだ。

なっちゃんが草原のひまわりだとしたら、Rちゃんは高山で凛と咲いているササユリ。
2人とも人目を引きつける花だ。

リビングへと入ると、なっちゃんのお母さんがソファに座っていた。
「こんにちは。」
「ママ、○井さんと○井さんのむくみちゃんが来てくれたよ。」
「うん。」
なっちゃんのお母さんは穏やかな表情で真っ直ぐ前を見つめていた。
何かに寄りかかっていないと座ってはいれないし、自力で立つことはできない。
そして昔のまま時が止まってしまったようで、最近のことは覚えていない。

なっちゃんのお父さんは寡黙で物静かな感じだった。
挨拶をすませるとキッチンの奥へ行き、みんなの様子を遠くから見守っていた。

リビングの端には飾り棚があり、その中にはバカラやマイセン、ウエッジウッドのような(私が知りうる限り高級な陶器と思われるもの)カップ&ソーサーが並べられていた。
合板の家具しかないうちの実家とは違う。

ソファに座るなっちゃんのお母さんを背にして、大きなテーブルを囲んで私達は床に座った。
なっちゃんとRちゃんが紅茶を入れてくれ、ささやかな女子会が始まった。

Rちゃんは大学4回生。4月から社会人になる。
自宅から通えるところに就職が決まったそうだ。
22歳とは思えない落ち着きを感じる。


「私はなっちゃんの事覚えてるけど、なっちゃん私の事覚えてた?」
「覚えてるよー。むくみちゃんのことで1番覚えてるのは字。とにかく字が綺麗で、あんな字が書けたら良いなぁって思ってマネしてた。」

なっちゃんが私の事で覚えてくれてる事があった。


私は幼稚園の頃に書道を習い始めた。
1番最初に筆の持ち方を教わったので、鉛筆が上手に持てない。未だに鉛筆もシャーペンもボールペンも全て筆の持ち方になっている。

当時、なっちゃんが言ってくれる程の上手な字では無かったけど、字を書く事は好きだった。
はね、止め、はらい。お手本を真似してその通りに筆を運ぶ。
私の中で文字を書くことは、絵を模写するのと同じ感覚だった。


読書好きの母の話から話題は本の話へと移った。

「むくみちゃんは好きな本とか作家とかいる?」
「最近のは読んでないけど、初期の村上春樹の作品が好き。」
「えー。私も村上春樹好き。去年出た長編は読んだ?!」
とやや興奮気味のなっちゃん。

「1Q84辺りからしんどくなって来て読んでないねん。」
「わかるー。でも、この間出たのは初期の作品に近いから読んでみて。今あるから貸すよ。持って帰って。」
そう言うと『街とその不確かな壁』を持って来てくれた。
「いいの?ありがとう。でも、私読むの遅いからいつ返せるか分からへんで。」
「いつでも大丈夫。」
こうして私はなっちゃんから本を借りる事になった。


「M瀬(地名)にある長谷川書店知ってる?私もRもよく行くねんけど。あそこ、やばいよな。」
「うん。長谷川書店はやばい。」
とRちゃん。
「ハセショ(長谷川書店の略)、めっちゃ行ってたよ。」
「むくみちゃんも行ってたの?!私、行ったら店長さんとずーっと喋ってるの。」
「最近は行けて無いけど、昔はこっちに帰ってくると行ったりもしてた。この間Sブックストアの社長さんとネンさん(ハセショの店長さん)のトークショーが有って、それにも行って来たよ。」
「そんなんあったんや。大晦日に長谷川書店の店長がラジオに出るって言ってて、何時に出るか分からへんって言うから夜中まで何時間もずっーっと聴いててん。な。」
なっちゃんは、Rちゃんの方を見る。
「うん。ずっと聴いてたなぁ。」
とRちゃん。

「ラジオにでてたん?」
「ネットラジオやけど。いつもはアーカイブが聴けるねんけど、大晦日のはアーカイブは無いって言ってた。」
「私、ラジオめっちゃ好きやねん。毎日聴いてる。」
「わたしもラジオ好き。むくみちゃんいつも何聴いてるの?何か面白いラジオある?」
「今1番好きなのは、又吉のラジオ。」
「えっ、又吉ラジオやってるの?私、又吉好きやねん。」
「私も又吉好きやねん。」

話しているとなっちゃんとの共通点が湧水のように溢れてきた。
小学校の同級生だということ以外に共通点はない、と思っていたのに。

世の中に村上春樹が好きは人は山ほどいる。
でもその中でラジオが好きで、又吉直樹も好きという人は何人くらいいるだろう。
何千人かはいるかもしれない。
でも、そこら中の人に共通していることではないはずだ。
なっちゃんとたった数十分話しただけで急接近した気がした。

私達のキャピキャピとしたやりとりを横で聴いているRちゃんが、1番大人に見えた。
きっとRちゃんは人生5回目くらいだ。
あの落ち着きと何かを見透かしているような眼差し。
私はRちゃんにただならぬ何かを感じる。


「痛い。」
突然なっちゃんのお母さんが声を出した。
ずっと同じ姿勢で座っていたのでお尻が痛くなってきたのだ。
お父さんが奥からやってきてお母さんを立たせる。

母と私は長居をしてしまったことを詫び、おいとまする事にした。

「LINE交換しよう。」
「うん。」
私はなっちゃんとLINEを交換し、山口家を後にした。

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