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《小説風》妄想旅行inイングランド【毎週月曜】

ハジマリ

ひんやりとした空気でふいに目が覚めた。
時刻はAM5:30、まだ日が昇っていないのに目覚めるといつも罪悪感にとらわれる。
着脱を繰り返し脱ぎ散らかった服、飲みかけのペットボトル、出しっぱなしのドライヤー。混沌とした部屋でさえ居心地がいい。
こんな私生活、周りの人に見せられるもんか。
もう二度寝しようかと布団を被ろうとした時、自分の一大イベントを思い出した。
大好きなサッカークラブの試合。たしか5:30からだった。
まったく、試合があるのは日本に住んでいるせいで時差が生じてこの時間なのだ。
少しは僕のこと考えて時間を早くしてほしいものだ。
なんて馬鹿なことを考えていたら、もっと馬鹿なことを思いついた。

「そうだ、イングランド行こう」

ハツタイケンハ、スグソコニ

「英語くらいなら、ノリでなんとか行けるだろう」
ムリに決まってるだろと思いながら何の気なしにつぶやく。
適当にリュックに荷物を詰め、少しだけ夢と希望が入るくらいのスペースは開けておく。
現地で買いつなげば多少は満喫できるだろう。
「海外へ行くなんて許さない」
息子のためを思っていってくれる両親なんてとっくの前にいない。
別れを惜しむカップルや家族を横目に、ヘッドホンを味方にスタスタ歩いて、飛行機へ。
人生初飛行機、こんなのが墜落したらたまったもんじゃない。

ミカタゼロノセカイ


「#$&)$?=~$(#=!)=$」
あぁもうすでになんて言ってるかわからない。
とりあえず一旦二階のカフェへ避難。
ドリンクを頼まないと怪訝な顔をしてくる店員。
わかったよ、コーラ一つ。
頼んだにしろふてくされた表情。ここ、日本じゃないんだ。
営業スマイルをもらえるのが当たり前ではない、
良くも悪くも日本との違いがある。

今回の旅の目的は、普段画面の向こうで行われているサッカーの試合を本場で見ること。
あわよくばサインが欲しいな、タッチしたいな、一緒にサッカーしたいな。
海を渡ってくるだけでこんなにも可能性が高まるなんて、日本にいては気づけないことだ。
ちょっと試合まで時間がある。
イングランドの名所ってどこだっけ...

ゴウニイッテハ

何となくさまよっていたらそれっぽい所にたどり着いた。
車道と同じ太さの歩道。それを無駄にさせないほどの人の多さに気が滅入る。人混み、嫌いなんだよな...
通り過ぎる車も大音量、自分たちだけで楽しむということを知らない。。
コロナ禍だってのにマスクはだれ一人つけていない。恐るべし。
郷に入っては郷に従えという言葉通り、おとなしくマスクを外す。
気づかれないようにしているつもりかもしれないが僕は気づいている。
通り過ぎる人すべてが3メートル以内に近づいてこないこと。
これがアジア人の特権。わざわざ避けなくても避けてくれる。
現実は非情だ。
いい画も取れたことだし、ここにいる意味はもうない。

ワカチアイ

さぁ、ついた。

このパネルを生で見れる時が来るなんて、
何の計画も立てずに来て萎えていた気持ちを吹き飛ばしてくれる。
隅々まで見ていたい。僕の葬式はここでやってくれ。
辺りはチームカラーの水色一色。
勝利への期待と確信でサポーターは大盛り上がり。
今日の相手は現在2位。1位の僕たちは負けるわけにはいかない。
日本からはるばる持ってきたTシャツにそでを通し、ファンであることを周りにアピール。
ここまでろくに人と会話をしていない。
まぁ、日本にいたってその事実は変わることは無い。
日本に帰る前に一回くらい会話を交わしたいな。

シナリオカンペキ

試合スタート。
スタジアムの熱気は最高潮にオーバーヒート。
見ず知らずの人を応援で煽り立てるような熱量のファンからおとなしく座って喜びを自己完結する紳士的ファンまでファンの形は人の数だけある。
上位戦ということもあってお互いのサポーターは気合の入り方が違う。
のどが壊れんばかりの歓声に選手だけでなく僕まで感銘を受けた。
試合も気になるが、海外の人の生態も気になる。
どっちつかずの人間は報われない、そう聞くことも多いが、貪欲な人で報われていない人は見たことがない。
くだらない精神論を頭に描いているうちに、
あの男がまたやってくれた。

ケヴィン・デ・ブライネ(デブライネ)

彼こそ僕の大好きなサッカー選手、デブライネ。
アシストモンスターだ。最近は得点までしやがる。
僕の応援が届いたのか、彼の華麗な先制点がゴールに突き刺さった。
サポーターはガラスが割れるほどの歓声で喜ぶ。
僕も今まで出したことない声量で叫び、来ていたユニフォームの裏の17番を強く握りしめる。
「YEAHーーーーー!!!!」
ひとりで喜びを味わおうとしたその時だった。
隣の中年男性が僕に抱き着いてきた。がっつり、ぎっしり。
驚く暇もなくすかさず僕も熱く抱擁。
アジア人ということを忘れているのか。避けられない。
逆隣の女性も僕に飛びつく。
後ろのお爺さんまで。
僕アジア人ですけど...

「アジア人である前にサッカーファンである」

大事なことがこの旅行で分かったかもしれない。
言葉にできない、大事なこと、ニュアンスでしかわからない大事なこと。
結局そのまま我がチームの勝利。1位を守った。
これで気分良く帰れる。

イツモノヘヤニ

帰国、AM7:00。
朝日が完全に上っている。
時差ボケが半端ないがなんだか気分がいい。
アパートにつくと隣の部屋から女性が出てきた。
「おはようございます、寒いですね」
「かなり冷え込んでますね、温かくしてくださいね」

「同じ大学の人間である前に同じアパートの住人」

言葉にはできない、何か。が僕の中で染みついた。

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