戦時中の淡い想い
人の話を聞くのが好き。
知らない世界の話は、
特別興味をそそられる。
仕事場で知り合った年配の男性。
倉田さん(仮名)のお話。
「倉田さんは、
戦争行かれたんですか?」
「ああ、行った。大変だった」
「どっかへ派遣されたんですか?」
「ラバウル
(現パプアニューギニアの都市)」
「なんか、歌で聞いたことあります」
「ああ。
さ~らばラバルよ、また来るまでは~だな。
あそこはまだ他の戦地より、
果物とかあったから、
食うには困らなかった。
でも、しょっちゅう腹壊してたな」
「水とかは?」
「泥水でも何でも飲んだ。
口に入れられるものは、何でも食べた」
倉田さんの話は、いつもここまで。
戦地での話をしても、
それ以上のことは口を濁す。
話したくない…
思い出したくないことなのだと察する。
話題を変える。
「戦争行く前は、お勤めしてたんでしょ?」
「ああ、近所の武器工場で工員やってた。
よく空襲でサイレン鳴ってたなあ」
「そういう時は、どうするんですか?」
「みんな仕事放り出して…
防空壕に走って逃げる」
「爆弾とか降ってくるんですか?」
「誤報も多かった。
でも近くに落ちたこともあった」
「怖いですね。じゃあ倉田さんって入隊は?
赤紙(召集令状)とか来たんですか?」
「違う。俺は志願兵で行ったんだ。
工場で働いて、
18になってから戦争に行った」
「まだ若いのに。
恋人とかいなかったですか?」
「そんなのいない。
ずっと働き詰めで、
そんなこと考えもしなかった」
「でも工員さんには女性もいたでしょ?」
「いたなあ。
特に受付の女の子が綺麗だった」
「好きだったんですか?」
「好きというか、
みんなの憧れみたいな存在だな」
「へえ」
「で、俺が工場を辞める日。
みんなに挨拶回りしたんだ」
「最後の挨拶ですね」
「そう。ようやく挨拶が終わって、
会社を出ようとしたら、
女の子が追いかけてきたんだ」
「受付の子ですか?」
「そう、その子が急に声をかけてきて、
ずっと好きでした…って言われたんだ」
「倉田さん。
慕われてたんですね」
「どうだろ…ね」
「戦時中って言動も規制されてましたよね。
その人、最後だと思ったら、
言わずには…
いられなかったんじゃないですか…
きっと…」
「ああ……でも…」
「でも?」
「そういう話は、
もっと早く言ってくれないと」
笑いながら、
ものすごく残念そうに話す、
倉田さんでした。
おしまい。
お疲れ様でした。