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ゲームさんぽ炎上事件を、現役ゲームプロデューサー視点で解説

はじめに

ライブドアニュースのYouTubeチャンネルから、ゲームさんぽがなくなるという。

ゲームさんぽといえば、ゲームを一風変わった視点で切り取り、その道のプロに解説してもらいながら遊ぶという、人気コンテンツシリーズである。

過去には「石原良純さんと観察するゼルダBotWの空」や、「現役スナイパーと遊ぶスナイパーゴーストウォーリアー」など、再生回数が数百万回を超えるような大ヒット動画もあり、自分も大好きなシリーズだ。
なにせ、企画コンセプトが素晴らしい。プロデューサーとしては、初めて動画を見たときは、ぐあー!コンセプト天才すぎる!中身も面白すぎる!やられた!と嫉妬心混じりの賞賛を送ったものだ。
ちなみに自分の一番好きな動画は「歩荷と背負うデススト」である。恥ずかしながらこの動画で初めて歩荷という職業を知った。

さて、そんなゲームさんぽが、終了して今後投稿されなくなるばかりか、これまでゲームさんぽが投稿されていたチャンネルに、文脈を無視したホリエモンのニュース解説動画が突然投稿されたという。
中の人が当日知らされていた&退職されるという事情も相まって、Twitterでは「乗っ取り」という穏やかでないキーワードがトレンド入りした。

(本当に乗っ取られたわけではない。念のため。)

また、この炎上に伴い、炎上前まで42.2万人いたチャンネル登録者数はたった1日で5万人近く減少した。

なぜこのようなことが起き、大きな炎上に繋がったのか?背景にある2つのポイントを含め、自分の考えを書いていきたいと思う。

① 情報過多の時代、「求めていない情報」ほどムカつくものはない

まず、炎上の直接的な原因は、「ユーザーコミュニケーションがきちんと設計されていないこと」である。
これはTwitterなどでもさんざん指摘されていることだが、「担当者の円満な退職の報告」→「それに伴うゲームさんぽ企画の終了告知」→「これまで閲覧・応援いただいたお客様への感謝」→「チャンネル運営方針変更の説明(同チャンネルが従来幅広いニュース等を投稿するチャンネルであったことから、元の方針に戻ることの説明)」→「ご理解・ご協力のお願い」→「新しい動画の投稿」という順番でコミュニケーションがなされていれば、当然、ここまで大きな炎上騒ぎにはならなかったはずである。

本来であればサービスを担当している人間がこのようなユーザーコミュニケーションを設計・実施するはずなのだが、本件は中の人も当日知ったような状況であったとのことなので、この運営方針変更にGOを出した人がユーザーコミュニケーションを軽視していたとしか思えない。
おそらく、GOを出した人もこんなに反発を受けるとは思っていなかったのではないか。もしかしたら、ゲームさんぽ自体はチャンネルの一企画にすぎず、そのコーナーが終わるだけ……というような捉え方をしていたのかもしれない。

しかし、そこには大きな見落としがある。

それは、「求めていない情報が突然表示される」ことは、昨今、想像以上のストレスを受ける行為として非難の対象になるということだ。

今はスマホを通じていつでもインターネットにアクセスできるし、そこにはゲームの感想から陰謀論まで、様々な情報があふれている。
情報過多な環境下では、全ての情報を見ている暇などないのだから、自分が求める情報のみを効率的に見たいというニーズが発生する。時間も脳の認知リソースも有限であり、それらを他の不要な情報に割きたくないのは誰だって同じだ。

例えば、求めていない情報の筆頭は広告で、実際広告は利用者視点だと邪魔でムカつくことがあるのだが、それでも通常の広告はまだマシである。
・サービスの対価として、表示されることがやむを得ないと分かっている
・表示される領域はコンテンツ本体とは切り離されている(自分が見たいコンテンツそのものは見れる)
・ターゲティングされているので全く無関係な広告というわけでもない
・(動画広告の場合)最悪、数秒我慢すればSKIPできる
しかし、スクロールに追随してきたり、誤タップを誘発するような広告にははっきり言って憎悪すら覚える。これらは「自分が求める情報のみを効率的に見たい」というニーズへの侵襲性が高いからだ。

さらには、情報過多なだけでなく、情報の正誤や優先度が分かりにくい環境にもなっている(例えば、SNSでは専門家の見解と誰かのお気持ちが同じ粒度で表示されたりする)。
そのような環境下では、自分に認知的不協和を与えない情報が歓迎されるため、人々はフィルターバブルとエコーチェンバーで出来た心地よいゆりかごの中で、自分にとって都合の良い情報に浸って過ごすようになった。

前段で語ったのは「情報を選んで効率的に見たいのに邪魔するな」というアクセス権の問題だが、こちらは「自分の世界に異物を持ち込むな」という認知的不協和の問題であり、より強い防御反応が出てしまう。
(Twitterでミュート機能やブロック機能があるにも関わらず、「そのツイート消してもらえませんか」などと過剰反応する人がいるのは、認知的不協和に対する防御反応が強く出ていると考えると分かりやすい)

いずれにせよ、「求めていない情報が突然表示される」というのは、この二重の意味での侵襲となっており、現代ではよりストレスを感じやすい行為になっているし、それを行う者には非難が集まる。

ここで、本件ゲームさんぽに立ち返ると、以下の点で侵襲性が高い行為になっているのが分かる。
・従来からニュース等を投稿していたとはいえ、投稿されるコンテンツの9割以上がゲームさんぽという状況が数年間続いていた(つまり、ゲームさんぽの動画目当てに登録していた人が多かった)
・そのゲームさんぽが突然終了し、代わりに全く関係がない動画がアップされた
・広告とは異なり、コンテンツ本体が変質した(しかも今のところ永続的な変質である)
・アップされた動画の内容も、賛否ある人物が賛否あるニュースに対して解説するという、人によっては認知的不協和を感じやすい動画であった(例えばゲームさんぽが終わって出てくる動画が可愛いネコの動画とかであれば、炎上ではなく、「どうしたライブドアww」のようにネタとして扱われていたのではないか)

以上をまとめると、ゲームさんぽ炎上の直接的な要因は「ユーザーコミュニケーションがきちんと設計されていないこと」であるが、間接的な背景としては「求めていない情報を突然表示されたことが一種の侵襲行為とみなされ、防御反応が出た」のではないか。

② チャンネル登録者数を指標として崇めるの、やめませんか?

などと書いていたら、「ライブドアニュース」を運営するミンカブ・ジ・インフォノイドより本件に関する声明が発表された。

「これまで『ゲームさんぽ』『おしごとさんぽ』など、幅広い題材を専門家の方々に解説していただく動画を作ってきました。今後はこれまでの取り組みに加え、さらに多岐にわたるジャンルの動画を制作し、多くのユーザーの方々に楽しんでいただけるようにしてまいります。そのため、チャンネル名は今後のコンテンツ拡充を視野に入れ、媒体名である「ライブドアニュース」に変更いたしました。なお、過去に公開された「さんぽ」動画が削除されることはございません」

https://news.yahoo.co.jp/articles/2c463e02e5e1a5d701216da6a14e7188a8cebb6d

この声明自体も炎上対策としてちょっとどうかと思う部分はあるのだが、ここで話したい論点は「今後は(中略)さらに多岐にわたるジャンルの動画を制作し、多くのユーザーの方々に楽しんでいただけるようにしてまいります。」という部分である。
つまり、異なるカテゴリの動画がごった煮状態で投稿されているチャンネルを続けていくという声明なのだが、自分はこの手法を継続することこそが、一番『わかっていない』ポイントだと思う。

ユーザーは統合できない。多くのユーザーに向けて多種多様なコンテンツを提供する時代は、終わった。(それはメディアの数が限られていた時代の発想だ)

今のプロデュースワークでは、熱量のある少数のセグメント(ただしマネタイズできる程度には人数がいるセグメント)に、完全マッチしたユニークなコンテンツを提供できるかどうかが全てだ。特にYouTubeは絶対そうだ。それをゲームさんぽが証明したのではないのか。

ライブドアニュースのYouTubeチャンネルでは、ゲームさんぽ、家電でクッキング、実証シリーズ、どうぶつたちにグラッチェ!、Tokyo Street Food、ニュース、エンタメ、インタビュー特集など様々なカテゴリで動画が投稿されているが、この大半に興味がある「ライブドアニュースチャンネルファン」はどれだけいるのだろうか?その人の顔、思い浮かびます?

これがデジタル広告であれば、こんな絞れてない(センス皆無な)ターゲティングをする人は誰もいないのに、ことYouTubeになってしまうとこういうごった煮チャンネルが生じるのは何故なのか。

はっきり言ってしまおう。それは、(見かけ上の)チャンネル登録者数や、動画再生数を崇め、指標としているからだ。

小さくて純化されたチャンネルを複数もつより、統合された大きなチャンネルを持つ方が、チャンネル登録者数が増えて「なんかすごそう」だからだ。

繰り返しになってしまうが、デジタル広告ではこんなことは起きないはずなのだ。刺さらない人のインプレッションをいくら増やしても仕方ないので、適切にターゲティングして、CPIやCPAといった指標(これも万能ではないが)を使って、なるべく「その情報を求めている人」に情報を届け、行動変容を促す。
ところがこれがYouTubeになったとたん、インプレッション(再生数/登録者数)でキャッキャ言い出すのは一体何故なのか。

生存戦略としてもイケてなくて、関係ないコンテンツが表示されてチャンネルの純度が下がると、コンセプトもブレやすくなるし、お客さんの熱量も下がるのは明らかだ。
ニュースをやるならどういう切り口で取り上げるかを工夫すべきだし、動物でいくなら何をウリにするべきか考えないといけない。ニュースと動物をやるなら、その組み合わせが生み出すシナジーをコンセプトにして唯一の体験を産まないと、見向きもされない。

情報過多で、コンテンツ過多な時代なのだ。

「多岐にわたるジャンルを取り扱います」、というのは自分がやるべきことが何か見えていませんということに等しいし、それでは弱いのだ。

そろそろチャンネル登録者数を崇めるのをやめて、目的(例えばライブドアニュースチャンネルならブランディング向上など)に沿った結果が出ているか、きちんと測れる指標を考えるべきではないか。

おわりに

ゲームさんぽは、ゲーム環境(マップ、ゲームシステム、キャラクター)を活用し、いろんな人とゲーム内をさんぽすることで

「人によってこんなにも世界の見え方が違うんだ」

を共有する場をつくることを目指し、「なむ」さんによって始められた。

ゲームさんぽの動画を見ていた人は、ゲームさんぽが好きで見ているのだ。
家電でクッキング、実証シリーズ、どうぶつたちにグラッチェ!、Tokyo Street Food、ニュース、エンタメ、インタビュー特集などを見ている人たちもまた、それぞれの動画が好きで見ているのだ。

世界の見え方が異なっている人たちを統合しても、(見かけ上の登録者数は増えるかもしれないが)その世界はひとつにならない。

ライブドアニュースチャンネルが、多岐にわたる情報を提供する中でも、素晴らしいコンセプトとコンテンツを生み出してくれることを願っている。

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