#14 ふたりの一緒にいる理由
私たち夫婦のこれまでの歴史は、聞く人によっては刺激が強すぎるようだ。
仲のいい友人によれば、何人かで集まって夫婦の話をしたあとに私だけ先に帰ると、「本当に大丈夫なの?」と心配されることが多いらしい。
彼が私のパートナーになって、もうすぐ干支が一周する。
その間に入籍、結婚式、転職、流産、不妊治療、妊娠、出産とそれなりの経験をともにして、さらに2時間ドラマでしかお目にかからないような出来事を少なくとも3つは乗り越えてきた。
離婚届はいまでもファイルに挟んで本棚に大事に仕舞ってある。自分のサインと捺印を済ませた状態で。
「なぜ一緒にいるのか?」とよく聞かれる。
そう質問したい気持ちはすごくわかる。私も過去に何度も、自分自身に問いかけたから。
その答えがわからないあいだはずっと離婚すべきかで悩み続けたけれど、はっきりと言語化できたら迷わなくなった。
「一緒にいたほうが自分は幸せ」と思えるようになった。
その答えは、「飽きないから」だった。
彼と一緒にいるとどんな出来事に遭遇できるか、少しだけご紹介したい。
例えば、結婚式で乾杯をお願いしていた夫の元上司が酔っ払いすぎて突然脱ぎだすとか、バレンタインデーに義理の母から新巻鮭が送られてくるとか、結膜炎になった夫は眼科を受診したつもりが、行った先は内科クリニックだったことに診察が始まるまで気づかなかったとか。
ちなみに、夫も看護師資格を持っている。
きのうも事件があったけれど、いつもこんな感じなので忘れてしまった。
夫の周りでは、ちょっとおかしな事件が絶えない。母からは、全部メモしていつか出版することを勧められた。
「飽きないから一緒にいる」と気づいたら、何が起きても大抵は笑って過ごせた。
私にとっては「ふたりの一緒にいる理由」を言語化することが、夫と築くパートナシップの土台や基礎として必要だった。
ただ、その理由では一緒にいられない事態が起きた。娘が生まれて、夫が豹変した。いま考えれば夫は産後うつだったのかもしれない。
でも攻撃的な言葉を発する夫を目の当たりにして、当時の私は夫から娘の将来をどう守るかを必死に計画した。
娘があやすと笑うようになり、ママよりもパパと「おかあさんといっしょ」を観たがるようになると、夫は普通のパパになった。
いまは家族3人で仲良く過ごしている。
これまでなら「環境が変化するとこんなに人って変わるのかぁ。面白かった!」と私は笑いながら言っていただろう。けれど、娘が関わるようになると話は別だ。まったく笑えないし、トラウマ級に思い出したくない。
結婚、出産などはよく「ライフステージの変化」と表現される。
ライフステージの変化とはきっと、「ふたりの一緒にいる理由の変化」なのだろう。
そのたびに私には、新たな理由を言語化する作業が必要みたいだ。
でもこの作業にはとても時間がかかるし忍耐力も必要で、あまりしたくない。先人たちの見本をもとに考えられたら楽なのに。
それだったら、多くの人の「ふたりの一緒にいる理由」を集めて、博物館は作れないだろうか。
私のように悩んでいる人は、他の人の理由を参考にできる。
それにこの理由はふたりだけのものだから、第三者が否定したり、批判したりすることはできない。
だからそこは、人が人を大切にする幸せな気持ちであふれた空間になるはずだ。日本だけでなく世界中に作れたら、その国・地域の歴史や文化も学べて楽しいに違いない。
それから、私は言葉で表現することが一番しっくりくるけれど、きっと人によって合う表現方法は異なるから、絵画だったり、歌だったり、ダンスだったり、写真だったりいろいろな作品が集まるだろう。
美術館にしても面白そうだ。
きっと多くの「ふたりの一緒にいる理由」が、実は気づかないうちに世界を動かして、歴史を変えているのだろう。
私が「飽きないから、夫とは別れない」と選択したからこそ、いまここに娘が存在するように。
どんな理由も他人に否定されることはないし、世界を作るパーツの一つだ。
だから、もし第三者の言葉でふたりでいることに自信をなくした人がいたら、私はどんなふたりであっても胸を張っていてほしいし、私たち夫婦もそうしていきたい。
Smart Nurse代表/看護師 矢込香織さん
看護師・保健師。
慶應義塾大学 看護医療学部を卒業。
大学病院の小児病棟やNICUで勤務。その後、メディカル系情報配信会社にて執筆・編集に携わる。現在は産婦人科クリニックで看護師として勤務しながら、プレコンセプションケアの啓発・普及を行う。ライターとしても活動している。慶應義塾大学SFC研究所 健康情報コンソーシアム 個人会員