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ふたりのヒーローがともに戦うまで ~スーパーマン編~

いつもお読みいただきありがとうございます。
ふうふやカップルの本音をシェアするコミュニティ「フタリノ」です。

「ふたりのA面B面」第8回は、元消防士と元警察官の同性カップル、KANE&KOTFEさん。LGBTQ+をはじめとした、さまざまな人権問題解決のために、Youtube「カネコフェ (KANE and KOTFE)」での発信や企業・学校での講演、メディア出演など、精力的に活動をするおふたりです。

「ふたりのA面B面」とは?
それぞれの視点から「ふたりの転機」について取材をするインタビュー企画。ふたりの人生の重要な局面での喜びや葛藤、決断の背景にはどんな想いがあったのかを、それぞれの視点から紐解いていきます。

一度は消防士と警察官という“ヒーロー”を降りたものの、ふたりで手をとり合い、今度は社会の課題に向けて戦うふたり。その姿を例えるなら、まるで「スーパーマン」と「スパイダーマン」のよう。

ふたりのヒーローが抱く正義感の背景や、出会ってカップルになり、ともに戦うまでの葛藤、強さの裏側について伺いました。

A面のスーパーマン編では、KOTFEさんのストーリーに迫ります。


KANEは、自分の言葉を持っている人

ーーーまず、パートナーのKANEさんとの馴れ初めについて教えてください。

2011年の12月のクリスマスシーズンに、SNSをきっかけに出会いました。その時は、恋人が欲しいというより、自分のセクシュアリティを隠すことなく喋れる友達が欲しかったんです。SNSで家の近くにいる同年代を探していて、たまたま見つけたのがKANEでした。

はじめて会った時は、こんなにピュアな人がいるんだと思いましたね。出会って数分も経たないうちに、「平田金重、24歳です!〇〇消防署で働いています!」と言い出したり、スイーツを口にして「美味しい!!」と目をキラキラさせたり。考えていることがそのまま吹き出しになって出てくる人だなと思いました(笑)

八方美人な僕とは正反対の彼に、人としてどんどん惹かれていきました。どこか、この人を守ってあげたいという気持ちも感じていましたね。

ーーー現在交際13年目とのことですが、KANEさんはどんな方ですか?

嘘がつけなくて、まっすぐで、自分の言葉を持っている人です。

僕は人前で話すとき、いろんなことを考えすぎてつい平均点を取れるような言葉になってしまうんですよね。でも、彼はいつも本音で話してくれるんです。
今まで何度も予期せぬ言葉をかけてもらって、はっとさせられました。僕の人生の中に、そんな人はいままでいなかったかもしれません。

彼が人の心を動かす強い言葉を生み出せるのは、きっと、彼自身が周りの言葉に左右されず、自分の気持ちに正直に生きてきたからだと思います。

警察官になったのは、母を救いたかったから

ーーーKANEさんと出会う前のことを教えてください。もともと警察官として働かれていたとのことですが、警察官になったルーツはどこにありますか?

幼少期から、正義感が強い方だったと思います。学校ではクラスの中心にいるタイプでありながら、教室の隅っこにいる子がすごく気になって、よく話しかけていました。

それは多分、僕が孤独感を抱いていたからだと思います。というのも、僕の家族がバラバラで。母は朝早くから夜遅くまで働いていて、父はたまにしか家に帰ってこない。帰ってきても、母とよく喧嘩をして悲しませていました。

教室の隅にいた子に手を差し伸べることで、同じように孤独感を持っていた自分のことも救いたかったんだと思います。

ーーーその後、ご家族との関係は変化したのですか?

小学3年生の時に始めた柔道が、家族を立て直すきっかけになりました。

当時、肥満傾向にあった僕は子どもながらに健康でいたいなと思っていて。はじめは、痩せたいという気持ちで習い始めたんです。

それが、僕が成績を残すたびに、めったに家に帰ってこなかった父が帰ってきてくれるようになったり、試合を観に来てくれた父と母が手をとりあって喜んでくれたりするようになりました。

僕が柔道を頑張りさえすれば、家族がひとつになるかもしれない。そんな希望を見出して、柔道にのめり込みました。

ーーー警察官になったのも、柔道を続けたかったからでしょうか?

そうですね。就職活動の時も、柔道を辞める選択肢は浮かびませんでした。柔道を頑張ってきたから家族がまとまりだしたのに、辞めたらどうなるんだろうと怖かったんです。

僕の中で柔道を続けられる選択肢は3つほどあったのですが、その中でも警察官の道に進もうと決めたのは、母の夢を叶えたかったからです。小学生の頃に言われた「こうへいも駐在所のおまわりさんみたいになってほしいな」という言葉がずっと心に残っていたんですよね。

幼い頃、母が悲しむ姿を何度も見てきたので、正義のヒーローになって彼女を守りたかったのかもしれません。

“ヒーロー”を降り、ようやく自分の人生を生きられるように

ーーー警察官の仕事は約16年続けられたそうですね。退職した理由はなんだったのでしょうか?

2020年の6月、適応障害になって職場で倒れたのがきっかけです。最初は、YESマンで仕事を引き受けすぎていたことが原因だと思っていました。

でも、職場の臨床心理士さんとカウンセリングしていると、「『ゲイとバレたら終わり』と怯えながら働くのがつらい」とポロッと自分の口から出てきたんです。ゲイを隠してきたことと、倒れたことは繋がっていたのだと、その時はじめて気づきました。

その後、自分の過去を紐解く時間をとってみて、最終的に「自分にも他人にも嘘をついて生きていきたくない」という気持ちにたどり着きました。でも、職場でカミングアウトして働き続けることは、どうしても想像できなくて。

これからは自分をもっと大切にして生きていこうと思い、2021年の3月、警察官を辞めました。

ーーーその頃、KANEさんとは同棲されていたそうですね。KANEさんとはどんな言葉を交わしたのですか?

休職をした時、心配かけて申し訳ないなと思っていたんですけど、「ようやく休んでくれてめっちゃ嬉しい」とすごい笑顔で言ってくれました。その時の言葉と、彼の存在にはとても救われましたね。

この人には弱い部分を見せてもいいんだ。この先、僕がどんな生き方を選んでも、どんな表現をしても、変わらず好きでいてくれるんだという自信にもなりました。その自信もあったから、辞める決断ができたんだと思います。

ーーー退職のことはお母さまやご家族に報告されたのですか?

実は、仕事を辞めようとしていることを伝えると、「辞めんといて」と言われたんです。僕の体を心配するのではなく、自分の老後のお金の心配をしていたんですよね。自分が救いたかった母はもういないんだなと思ってしまいました。

それをきっかけに、愛情を注ぐ相手が、母からKANEに変わりました。KANEなら、母が返してくれなかった愛情を返してくれる。そこに安堵感はあったのですが、それと同時に、他者に対して100%のエネルギーをかけて愛情を注がないように意識しようと思いました。

今までのように100%のエネルギーを使って誰かのために生きてしまうと、心のコップが空になってしまう。そしたら、KANEに注ぐ愛もちっちゃくなってしまうんじゃないかと思ったんですよね。だから、まずは自分を満たしてから、次にKANEに愛情を注ごうと決めました。

といっても、今はKANEに50%、自分に50%くらいのエネルギーをかけているんですけどね(笑)でも、母や家族のために生きていた頃に比べると、だいぶ自分のために生きられているんじゃないかな。

僕たちの存在や言葉で社会を変えられるかもしれない

ーーー退職をきっかけに、ようやく自分の人生がスタートしたのですね。退職後はどのように過ごしていたのですか?

KANEも僕と同じ日に消防士を辞めたので、しばらくはふたりの生活を味わっていましたが、ある日突然、KANEが「Youtubeやってみない?」と誘ってくれて。少し怖さもありましたが、カミングアウトをして、僕たちカップルの何気ない日常やデートの様子を発信し始めました。

ずっと周りの目を気にしながらふたりの関係がバレないようにデートを重ねてきたけど、これからは陽の当たるところに堂々と出ていきたい。僕たちはここで生きているよと、身近な人たちに知ってもらいたかったんです。

社会を変えたいみたいな気持ちは、当時はまったくありませんでした。

ーーーその後、何がきっかけでおふたりの気持ちが変わっていったのですか?

2022年の7月にはじめてデモに参加したのですが、それをきっかけにふたりの考えが大きく変わったと思います。そのデモは、LGBTQ差別冊子(※)に対して、自民党本部前で抗議をするというものでした。

開催の2日前、主催者から「デモで登壇してくれませんか」と依頼が来たんです。正直、国に対して声を上げたら、身に危険が起こるのではないかという怖さがありました。
それに、僕は今まで警察官として国に従って働いてきた人間です。デモに参加したら、どんなふうに映ってしまうんだろうという不安もありました。

でも、「出ない」という選択肢はありませんでした。というのも、デモの主催者が、僕よりも下の世代の、しかも非当事者の方だったんですよね。彼女が汗水流して必死で声を上げているのに、当事者で人生の先輩でもある僕が出ないわけにはいかないと思いました。やっぱり自分はまだヒーローでいたいという気持ちが湧いてきたんです。

※2022年6月、自民党議員による会合で「同性愛は精神障害、または依存症」というようなLGBT+当事者に対する差別的な内容が書かれた冊子が配られた。

ーーーヒーローであることは変わらなかったんですね。KANEさんとはその時どんな話をしたのですか?

KANEも同様に迷ってたんですが、どちらかというと嫌だったんじゃないかな。無理に引きずり込むのは絶対にしたくなかったから、「行きたくなかったら、僕ひとりで登壇するからいいよ」と言って、本人に選択をゆだねました。

そしたら「KOTFEが登壇するんやったら僕も立つ」と言ってくれて。ずっと「怖い」と言いながら僕の後ろをついてきてくれて、当日はふたりで登壇しました。

※デモの登壇の様子はぜひこちらの動画をご覧ください。
▼EP.88 Stand for LGBTQ+ Life 自民党本部前抗議デモ参加〜KANE and KOTFE〜

ーーーデモに登壇してみて、どうでしたか?

登壇後の反響がすごかったんですよね。メディアで僕たちの言葉が取り上げられたり、SNSでたくさんの感謝や応援のコメントをいただいたりしました。

その反響を見て、僕たちの存在や言葉で社会を変えられるのかもしれないと強く感じたんです。きっとKANEも同じことを感じていて、このデモをきっかけに、ふたりが同じ方向を見て進むようになったと僕は思っています。

それからは活動内容を考えるとき、社会を変えていけるか、誰かがエンパワーメントされるかということをすごく意識するようになりました。ふたりのほのぼのとした日常も発信していますが、企業や学校で講演をしたり、社会を変えるためのメッセージを発信したりすることが増えていきましたね。

でも、それは使命感に燃えているというわけではなくて、そういう自分でありたいという気持ちからなんですよね。死ぬ直前に人生を振り返ったとき、あの時大切な友達のために戦ったな、自分を大切にしたなと思える自分でありたいと思って、今は活動をしています。

ともに戦うスーパーマンとスパイダーマン。傷ついても“ケア”はしない

ーーー社会を変えるために、ふたりで戦い始めたのですね!素敵です。

ありがとうございます。僕の中では、スーパーマンとスパイダーマンが同じ映画で共演してるような感覚なんですよね。一度は、警察官、消防士という制服を脱いだけど、今度はひとりの人間として、別の形でまた誰かを救えるんじゃないかなって思うんです。

ちなみにスーパーマン役は僕です(笑)たしか、スーパーマンって、どこかの惑星から来た超人なんですよね。小さい頃から、セクシュアリティのことを含め、人と違う自分は宇宙人なんじゃないかと思っていたのでしっくり来たというか。

一方で、スパイダーマンは高校生の時にクモに噛まれて超人能力を手に入れるわけじゃないですか。僕がKANEを戦いの世界に引きずりこんでから成長していく姿が、それに重なるんですよね。

ーーー別々の映画の主人公が一緒になって戦うというのが面白いですね。

そうですよね!ヒーローふたりで戦えたら、それぞれの角度からいろんな人を救えると思うんです。スーパーマンが生きる希望になる人もいれば、スパイダーマン推しの人もいるだろうし。だから、2倍も3倍も心強いと思うんです。

しかもそのふたりが付き合っていますから(笑)自分たちの幸せを構築しながら、そこまで疲弊することなく、声を上げ続けられると思います。

自分をヒーローに例えたり、社会に対して声を上げたりすることは、日本ではダサいと思われるかもしれません。でもいつか、声を上げることは当たり前のことでかっこいいことだという空気感に変わってほしいですね。

ーーー社会を相手に戦っていると、傷つくこともたくさんあると思います。おふたりはどのように乗り越えているのでしょうか?

表に出る活動をしているので、やっぱり誹謗中傷の声が寄せられることはあります。僕は割り切って見られるのですが、KANEはそうじゃないので、なるべく見ないようにしているんですね。それでもやっぱり、心ない言葉が彼の目に入ってきてしまうときはあって。

そういうとき僕は、致命的なもの以外はとくにKANEをケアすることなく、ただ見守るだけなんです。それは、どんなに傷ついても、この人は自分で這い上がってくる力がある人だと信じているからです。

たしかに付き合い立ての頃は、彼を救いたいという気持ちが強かったかもしれません。でも、付き合ってから13年で、KANEはスポンジみたいにいろんなことを吸収して、どんどん成長してきました。ふたりが自立した関係だからこそ、そうやって信じられるんだと思います。

最期の日まで、ふたりで笑っていたい

ーーーふたりで足並みをそろえて戦い始めて約2年が経ちましたが、活動に対して今思うことを教えてください。

正直、国が変わるスピードの遅さには落胆しています。その一方で、もっと長期的に見てもいいかなと思うようになりました。

僕たちが今、同性カップルとして発信できて、メディアで取り上げられるようになったのも、長い歴史の中で先輩方が声を上げ続けてくれていたからなんですよね。国や社会は少しずつ変わっていくものだから、僕たちも長い歴史の一部になれたらいいなと思うようになりました。

それに、同じように声を上げている友人を見ると、1%や5%のエネルギーで活動している人もいるんですよね。たしかに、50%、60%のエネルギーで活動していると、疲弊しちゃうし、自分の幸せな人生にも影響が及ぶかもしれない。長く戦い続けていくためには、省エネで戦うことも大切なんだと今は思っています。

もしかしたら、僕たちの世代では、たとえば同性同士の結婚は叶わないかもしれません。それでもやれるとこまでやって、次の世代にバトンを渡したいなと思っています。

ーーー長く続けていくのも、ふたりが一緒だからできることかもしれないですね。最後に、10年後の理想を教えてください。

10年後は心も体も今ほど元気じゃないと思いますが、力の入れ方は変わっても、声を上げる活動は続けていると思います。やっぱり、ヒーローでありたいという気持ちは変わらないから、たとえLGBTQ+の課題がクリアされたとしても、ほかの人権問題に対してアクションをとり続けたい。社会が変わらなくても、誰かの生きる希望や勇気になっていたいですね。

KANEとは、自然豊かなところで穏やかな時間を味わっていたいですね。KANEは動物が好きなので、猫とかヤギとか飼って、彼が動物を愛でるみたいな生活を実現したいです(笑)

僕にとってKANEは、最愛の人であり、最高の親友でもあり、家族でもあります。KANEが心の底から楽しんでいるのを見るのが僕の幸せなので、最期の日までずっとふたりで笑っていたいです。そして、僕たちのやってきたことは必ず実を結ぶから、もっともっと笑っていられるよと、彼に伝えたいです。

ーーーKOTFEさん、ありがとうございました!


ふたりで手を取り合い、社会を相手に戦うKOTFEさんとKANEさん。

パートナーが傷ついたとき、「特にケアをすることなく、ただ信じて見守るだけ」と迷うことなく答えてくださったKOTFEさんが印象的でした。

ただ信じて見守る。それができるカップルはそれほど多くないのではないでしょうか。心配しすぎて疲れてしまったり、何をしたらいいかわからず悩んでしまう人もいると思います。

KOTFEさんがKANEさんを、ただ信じて見守ることができるのは、お互いが相手のことをひとりの人間として尊重し、信じ続けてきた13年間があるから。そして、戦うパートナーとしてふたりが同じ方向を見て進んでいるからだと思いました。

助け、助けられる関係ではなく、お互いを信じ合える自立した関係。
たとえひとりが挫けたとしても、ふたり同時に歩みを止めることはない。

そんなふたりだからこそ、ヒーローとして力強く、多くの人に勇気や希望を与え続けられるのだと思いました。

B面では、パートナーのKANEさんにふたりで戦うまでの葛藤や、ふたりで戦い続けられる理由について伺っています。そちらも続けてご覧ください。




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